最終話 結婚式
 
 
 
「新婦様、お時間です」
「はい」

私は深呼吸してドレッサーから立ち上がった。

純白のドレスに薄いベール。
ピンクの艶っぽい口紅。
胸元にはダイヤのネックレスが光る。

綺麗、だよね?
私じゃないみたい。


ついにこの日が来た。
子供の頃から夢見ていた、お嫁さんになる日が。

なんか信じられない。
感激で胸が苦しいくらいだけど、
今日でその夢が実現し、終わるのかと思うと寂しくもある。

ううん。
終わるんじゃない。
明日からは、また新しい夢が始まる。

祐樹との生活。
二人で一緒に暮らして、いつか子供が生まれる。
そして家族みんなで幸せになるんだ。

私はもう一度深呼吸して、控え室を出た。




私達が結婚式を挙げるこの会場は、
広いお庭の中に、白いチャペルと披露宴会場のレストランがある。
食後のデザートは、寒いけどお庭でのビュッフェだ。

いい天気で本当によかった。


祐樹もお客さんも牧師さんも、もうチャペルの中に入っている。
後は私がお父さんと腕を組んで、入って行くだけ。
今ほど、女に生まれてよかったと思うことはない。


ブライダルコーディネーターの人に案内され、
チャペルの閉じられた大きな扉の前で、お父さんと腕を組む。

「ふふ。お父さん、緊張しすぎ」
「緊張なんかしてない」
「だって、顔真っ赤だもん」
「・・・」
「ふふふ」

ほんと、始まる前からこんな緊張しちゃってどうするのよ。
中に入ったら、倒れちゃうんじゃない?

・・・やだなあ、なんか泣きそう。


口紅を気にしながらも、ちょっと唇を噛んだ時だった。


「せーんせ」

・・・え?

驚いて振り返ると、そこには・・・

「あなた達、何やってるの?」

昨日卒業したはずの3年C組の生徒達が全員、
制服姿で立っていた。

「先生が結婚するって聞いたから、みんなでお祝いに来たの」
「水臭いなー。なんで言ってくれないんだよ」
「本城から聞かなかったら、知らないままだったぞ?」

私は驚きすぎて、口がきけなかった。

思わず本城君の姿を探すと、
昨日のようにキチッと制服を着た本城君が、少し照れくさそうにみんなの後ろに立っている。

「せんせー、おめでとーう!」

和田君がそう言ったのを皮切りに、あちこちから「おめでとー!」と拍手が起きた。

「・・・ありがと」
「あーあ。先生、泣いちゃった」
「せっかく化けてるのに、化粧が崩れるぞ?」
「でも、すごい綺麗!先生ってわかんなかったもん」
「・・・あなた達、褒めてるの?」
「一応ねー。でも私なら絶対もっと綺麗よ!」

もう。
相変わらず生意気な子達なんだから・・・

笑いたいのに涙が止まらない。
本当に化粧が全部落ちてしまいそうなくらい。

どうしてくれるのよ・・・


和田君が引っ張るようにして、本城君を私の近くに連れて来た。
そう言えば、冬休みにも和田君は本城君を職員室に連れてきた。
あれは本城君を私に会わせるためだったのかな。
結構友達思いなんだよね、和田君て。

「・・・先生、おめでとう」
「・・・ありがとう」

私はそっと胸元を触った。

本城君がくれたネックレス。
結婚式につけるのは祐樹に悪いかなって少し気が引けたけど、
これが、唯一本城君の気持ちに応えられる方法だと思い、つけることにした。

こんな高価な物をつける機会も、もうないだろう。

祐樹には一生秘密。
またヤキモチ妬いちゃうから。


本城君は、その私の胸元を見て、優しく微笑んだ。

本城君、なんか前にも増してかっこよくなった気がする。
将来の目標ができたからだろうか、目が生き生きして輝いている。

でも、どことなく寂しそうに見えるのは・・・私の気のせいということにしておこう。


「先生!遠くに行っちゃうってホント?」

石黒さんが口を尖らせて聞いてきた。

「うん。福岡に行くの」
「ええー?じゃあもう堀西にはいないの?」
「・・・うん」
「でも!福岡でも教師は続けるんだよね?」

私は涙を拭き、満面の笑みで答えた。

「もちろんよ」

本城君が少し目を見開いた。


私は本城君に目で語りかける。


本城君。
私、教師になった君といつか会ってみたい。
「こんな生徒がいて困っててさー」「あ、私のとこにもそーゆー子いる!」
とか言いながら、お酒でも飲んでみたい。

だから、私も教師を続けるよ。



私はもう一度お父さんと腕を組み、
開かれた扉の中へと、ゆっくり歩き出した。


 


――― 「私と彼の生きる道」 完 ―――


  
 
 
 
 
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