第3話 進路面談
 
 
 
後少しでこの学校とも、教師という職業ともお別れ。

そう思うと、「やる気が出ない」なんて言ってられない。

せめて最後だけでも、ちゃんと教師らしいことをしたい。
一生懸命授業をやりたい。


そこで私が考えた案。

「今から定期テストを返します。今回は点数も公表するわね」
「プライバシーの侵害だ!!」
「侵害されても恥ずかしくない点数取りなさい。はい、和田君、34てーん」
「うわ!」

こうすれば、3学期はもうちょっと頑張ってくれるかもしれない。
ちょっとスパルタ過ぎ?
でも、温室育ちのお坊ちゃま・お嬢ちゃまにはいい薬でしょ。

「本城君、92点。惜しかったわね、もうちょっとで満点だったのに」

私は笑顔で本城君に解答用紙を差し出したけど、
本城君は無言でそれを掴み取り、さっさと席に戻った。

そうそう、これこれ。本城君が「問題児」たるゆえん、その2。
経済格差ならぬ、成績格差。

本城君は、ALL or NOTHING な性格で、
興味があることには異常に熱を上げるけど、
興味がないことには、まるで無関心。
例えば部活のバスケは凄く頑張ってる。背も高いからいい選手なようだ。
でも、恋愛にはてんで無関心ときてる。

これは勉強に対しても同じだ。
理数系の科目が得意らしく、特に数学は毎回トップ。
でも、古典なんていっつも赤点すれすれだ(それでいて赤点じゃないところが憎らしい)。
小学校の時に3年ほど留学していたらしく、英語のリスニングと長文読解力はそこそこいいけど、
文法に至っては中学生レベルだ。

数学の教師としては、文句はない。
でも担任としては大いに文句のつけようがある!

今日の進路面談、覚悟してなさい!!





「はあ」
「何、ため息ついてんですか?」
「ああ。ごめんなさい。えっと、本城君は・・・このまま堀西大を希望、ね」

そうだった。
進路面談って、実質、堀西大学のどの学部を希望するか聞くだけだった。

ごく稀に、家の経済的な事情で堀西大に進学しない生徒や、
もっとごく稀に、志高く他の大学を受験する生徒がいる。
そんな生徒には、ちゃんとした進路面談が必要だけど、
幸か不幸かC組にはそんな生徒はいない。


「学部は?」
「どこでもいいです」

無気力に答える本城君。
こうやって向かい合って座っていると、一瞬生徒ということも忘れて見とれてしまいそうになるけど、
この無気力は頂けない。

これでもっと生き生きとしていれば、本当にいい男なのに。
もったいない。

「どこでもいいって訳にいかないでしょ」
「じゃあ、国際情報学部」
「・・・」

本当に「どこでもいい」と思ってる生徒が行く学部だ。

「ね、ねえ。本城君は理数系が得意だから、工学部とかは?もしくは薬学部とか」
「俺んち、薬屋じゃないし」
「・・・そうよね」

なんて「堀西」的なお答え。
そりゃ、薬屋の跡継ぎでもなきゃ、堀西大の薬学部になんて行かないよね。

ちなみに私と本城君の言っている「薬屋」っていうのは、「町のお薬屋さん」じゃない。
製薬会社のことだ。

「そういえば、本城君のお家って何をされてるの?」
「・・・弁護士事務所」

そうだった。本城弁護士事務所。そうそう。
これも「町の小さな弁護士屋さん」じゃなくって、会社のような大きな事務所だ。
って、おーい。

「じゃあ、法学部に進まないとダメでしょ!?」

本城君て、確か長男だ。
家を継がないといけないだろう。
となると、当然弁護士の資格が必要だ。

司法試験のことはよくわからないけど、法学部に所属していれば免除される試験があるはず。
「どこでもいい」訳ないでしょ。

「・・・」
「本城君?」

あれ。
どうしたんだろ。
法学部に行きたくないのかな。
そりゃ法学部じゃなくても、司法試験は受けれるけど。

「・・・今決めないとダメですか?」
「そんなことないけど、大学に推薦状を書くから3学期が始まったら教えてね」

なんでもありの堀西だ。
本当は推薦状なんてなくてもいいくらい。
一応「入試」と名のつくものもあるけど、落ちた生徒なんて聞いたことないし。


本城君は、わかりました、とだけ答えて教室を出て行った。



  
 
 
 
 
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