第6話 本心
 
 
 
「・・・」
「・・・」

私達は無言で駅への道を歩いていた。
たださえでも長い20分の道のりが、今日は何時間にも思える。

何か話さねば。

「い、石黒さん凄いね」
「・・・」

会話のセレクトを間違ったようだ。
でも今更やめられない。

「彼氏に向かって、なかなかあそこまで怒鳴れないよね。なんか『女』を感じた」
「彼氏?」

本城君が顔をしかめる。

「俺、石黒の彼氏じゃねーよ」
「え?そうなの?付き合ってないの?」
「付き合ってない」

あれ。

「じゃあ、石黒さん、どうしてあんなに怒ってたの?」
「石黒は俺と付き合ってるつもりだったらしい。俺が、そんなつもりない、って言ったら、
いきなり怒り出した」
「・・・・・・」

石黒さんのことだ。
自分が好きなら、当然相手も自分のことを好きだと思ってたんだろう。

だけど。

「それは本城君が悪いよ」
「・・・なんでだよ」
「人としては間違ってないかもしれないけど、男としては間違ってる。
いくら石黒さんの勝手な思い込みだとしても、もうちょっと優しく断らなきゃ」
「・・・」
「本城君はモテるだろうから、ちょっとやそっと女の子に冷たくしても平気だろうけど、
やっぱり女の子は傷つくと思うよ?女の子が悪い場合でも、思いやりは忘れちゃダメよ」
「・・・」
「遊ぶにしてもそれなりに気を使わなきゃ、後で痛い目に合うわよ」
「・・・なんだよ、人を遊び人みたいに」

遊び人でしょ。

「今、『遊び人だろ』って思ったろ」
「・・・なんでわかるの?」
「顔に書いてある」

私が思わず顔を擦ると、本城君がクスッと笑った。
いつもの冷めたような笑い方じゃなくって、本当に思わず笑った、みたいな笑顔。

本城君でもこういう笑い方するんだ。

「俺、そんな遊んでないし」
「遊んでるでしょ」
「・・・先生も気を使わないな。高校に入ってから付き合ったのなんてせいぜい10人くらいだよ」
「3年間で10人も付き合えばじゅうぶんよ」

とは言いつつ、ちょっと意外だ。
正直もっと多いと思ってた。
私が本城君の彼女だと思っていた女の子達は、石黒さんのような「自称彼女」が多いのかもしれない。


そういえば、こんな話を聞いたことがある。

本城君には10歳くらい下に弟がいる。
その子が初等部に入ってきた時、本城君を狙っていた女の子が弟に取り入ろうとしたらしい。
それを知った本城君は、その女の子に、「くだんねーことすんな」と冷たく言い捨てた。

その時の本城君の怖さと言ったら・・・教室中が静まり返ったらしい。


モテるというのも、本人にとってはわずらわしい事が多いのかもしれない。


「先生はモテなさそうだな」
「・・・私の話、聞いてた?」

女の子には優しく、だってば!
・・・それとも私は女ではないと?
そりゃまあ、本城君から見れば「女」というより「教師」だろうけど。

「そんなんだから、振られるんだ」
「だから、振られてない!結婚するんだから!」

と、いけない!
私は手で口を押さえたけど、後の祭りだ。

この3年生と一緒に私も卒業するわけだから、
結婚のことも退職のことも生徒には言わないでおこうと思ってたのに。

本城君は目を見開いた。

「結婚すんの?」
「・・・悪い?」
「・・・ふーん」

本城君はそれからしばらく黙ってたけど、ポツリと呟いた。

「学校は?」

結婚のことを言ってしまったから、仕方がない。
私は正直に言うことにした。

「卒業式が終わったら辞めるわ。他の生徒には言わないでね。まだ知らない教師もいるし」
「・・・結婚したからって、学校まで辞めなくてもいいだろ」
「地方に行くの。専業主婦になるわ」
「・・・」

本城君はまた沈黙した。
何故かさっきまでの沈黙より重い気がして、私は話題を変えた。

「そういえば本城君。学部、考えた?」
「・・・まだ」
「司法試験を受けるなら、やっぱり法学部がいいわよ?
他にどうしても行きたい学部があるならともかく、
どこでもいいなら取り合えず法学部に行った方がいいと思う」
「・・・」

本城君は少し顔をそむけた。

もしかして、本城君。
「どこでもいい」んじゃなくって、
「法学部に行きたくない」んじゃないのかな。

それって・・・


「本城君。お家、継ぎたくないの?」

本城君は一瞬怖い顔をして私を見た。

けど。
すぐに気の抜けたような表情になり、小さく頷いた。

「うん」


別にいつもの本城君の声だ。
でも私にはまるで、
何か悪いことをして、それを親に見つかった小さな子供が、
怯えつつも少しホッとして「ごめんなさい」と言うような声に聞こえた。

たぶん本城君は、家を継ぎたくないことをずっと1人で悩んでたんだ。
おそらく、ご両親にも相談せずに。

本城君が理数系の科目が得意なのは、元々かもしれないけど、
ひょっとしたら、「弁護士」という文系の最高峰の職業への反発からかもしれない。

大学で法学部以外へ入ることは、跡取りの地位を放棄するという意思表示になる。
そして本城君はそれを望んでいる。


でも、小学校の頃から堀西に通い、箱入り娘ならぬ箱入り息子として育った本城君が跡取りの地位を放棄した場合、
将来どうなるんだろうか。
ご両親はそこまで面倒みてくれるんだろうか。

仮に国際情報学部に進んだとして、卒業後、どんな職につけると言うのか。
あんな学部、「大卒」という資格を得るためだけの学部だ。
大して学ぶこともない。
取れる資格もせいぜい教員免許がいいところ。
それもかなり努力が必要だから、希望する学生はほとんどいない。

それに・・・
本城君が家を継がないとなると、親の期待は弟の方へ向くだろう。
多分、本城君はそれを分かっていない。
まだ弟が幼すぎて、そんな弟に親が期待するなんて想像もできないんだ。

でもその弟も10年たてば、今の本城君と同じ歳になる。


私は本城君にそのことを言おうと、口を開いて・・・でも、言葉を飲み込んだ。
今それを本城君に教えれば、きっと本城君は法学部に進み、家を継ぐと思う。
弟に自分と同じ重圧を味わわせないために。

お家の人も、社員も喜ぶだろう。


だけど、それって本城君にとって本当に幸せなことなんだろうか?




私は駅につくまで、それ以上本城君と話すことができなかった。



  
 
 
 
 
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