第9話 お父さん
 
 
 
高そうな調度が品良く並ぶ応接室で、
私は本城君のお父さんで向かい合って座っていた。

なるほど。
本城君のお父さんだ。

お母さんも似てるところがあるとは思ったけど、
本城君の外観的要素はほとんどこのお父さんから来ていると言っていいだろう。

ただ、この人は本城君にないものを持っている。
人の上に立つ者の風格、というか、経営者独特のある種の冷たさ、というか。
もし本城君が跡を継げば、このお父さんのようになるのだろうか。

・・・私の直感だけど、本城君はこうはなれない気がする。
つまり、経営者向きではないという事。
本城君自身、それを分かっているのかもしれない。

「はじめまして。真弥君の担任の神谷と申します」
「真弥がお世話になっております」

私に合わせてお父さんも軽く頭を下げる。
下げるより下げられることの方が多い人の、頭の下げ方だ。

でも、ひるんじゃいけない。
私はこの人の部下じゃない。
本城君の担任なんだ。

「真弥君の進路のことでご相談に伺いました」

お父さんは表情を変えない。
でも、一瞬、目じりが動いた気がした。

「ご存知だとは思いますが、真弥君は国際情報学部を希望しています。
担任の私としても、本人の希望を叶えてあげたいと思っています」

正確には、本城君は国際情報学部に行きたいのではなく、
法学部に行きたくないのだけど。

「そんな学部に行って、どうするんですか?真弥は将来どうやって食っていくと言うんです?」

お父さんは落ち着いているけど、その声には怒気が含まれている。

「堀西学園は少々特殊ですが、普通の大学生は、
大学に入った時点からはっきりとした将来ビジョンを持っている訳ではありません。
たいていの学生は、大学4年間の間にゆっくりと自分のしたいことを見つけます。
国際情報学部に行っても、司法試験を受けることもできますし、
もう少し長い目で見てやって頂けないでしょうか?」

苦しい言い訳だ。
反撃の余地はいくらでもある。
そして、やはりこの人はそれを逃さない。

「しかし真弥はその特殊な堀西の中にいる。普通の大学生の話をするなら、
真弥も普通の大学に進むべきですな。それはもう遅いでしょう?それとも浪人でもさせますか」
「それは本人の希望次第です。堀西大卒でも、家を継ぐ以外の仕事もできますし」
「堀西の大学卒業者など、家を継ぐ以外能はないでしょう?」

・・・この人は。
この人は、それを分かっていて、わざと本城君を堀西に通わせたのだろうか?
敢えて、弁護士以外の道を選択できないように?
そしてまた、本城君の弟も堀西にいる。

本城君が跡取りを放棄すれば、この人は間違いなく、弟に家を継ぐよう強要するだろう。
そうなれば、弟はかわいそうだと思う。

でも私は本城君の担任だ。
本城君のことを守ってあげたい。

もうすぐ堀西を去る私は、
弟のことまでは見れないけど、私は信じてる。
堀西の中にも、きっと情熱を忘れていない教師がいるはずだ。
ううん、本当は教師はみんな情熱を持っている。
ただそれを表に出す機会がないだけだ。
将来、本城君の弟が今の本城君と同じような悩みを持ったとしても、
その時きっと手を差し伸べてくれる教師がいるはずだ。

私は信じてる。


「堀西大で資格を取ることもできます。例えば、国際情報学部なら、教員免許が取れます。
何か資格があれば、堀西大卒でも普通に社会で働けますし、真弥君にはそれができる力があると思います」

興味のあることにはとことんのめり込む本城君だ。
本気でやりたいことを見つければ、きっと成功する。

だけどお父さんは鼻で笑った。

「教員免許?教師?真弥が?」
「いえ、それは例えば、ですけど・・・」

・・・なんかムカムカしてきた。
何、この人。
なんで自分の息子のこと、そんなにバカにできるの?
跡取りにしたいんじゃないの?

「お言葉ですが、お父様は真弥君のことを少々見くびっておられますね」
「・・・なんですと?」

お父さんの顔から笑みが消える。
でも私は構わず続けた。

「真弥君は科目によってムラはありますが、成績優秀です。
特に数学は学年でもトップです。そんな真弥君が本気を出せば、どんな資格でも取得できると思います」
「・・・では仮に、真弥がその国際なんとかという学部に進み、
教師になったとして、それで真弥は幸せだと言うんですか?この会社を継ぐより?」
「幸せだと思います!」

私は間髪入れずに答えた。

許せ、本城君。
ここは言い切らせてくれ。

さすがに、こんな小娘にここまで強気な態度を取られると思わなかったのか、
お父さんは少し怯んだ。
それでも、何か言おうと口を開いた時・・・


応接室の扉が突然開いた。


「わしもそう思う」
「・・・父さん」
「へ?」

父さん?
本城君のお父さんの「父さん」?

それってつまり・・・

私は慌てて立ち上がり、
扉の前に立つ初老の男性に挨拶した。

「こ、こんにちは。真弥君の担任の・・・」
「神谷先生ですね。真弥からあなたの話は聞いております」
「お、恐れ入ります・・・」

ん?私の話?何を?

と思ったけど、さすがに聞けない。

お祖父さんは立ったまま、中腰のお父さんの方を見た。

「神谷先生の言う通りだ」
「何がですか。真弥は家を継がない方が幸せだと言うんですか?」

お父さんが苦々しい口調で言う。

「教師になれればな」
「教師?」

お父さんと私の声が重なる。

「あの・・・」

私は思わず口を挟んだ。

「教員免許とか教師とかは、例えばの話でして。真弥君は教師を希望しているわけではありません」

だけどお祖父さんは「おや?」と言いながら、
不思議そうに首を傾げた。

「ですが真弥はわしに、『将来教師になりたい』と言っていましたぞ?」



  
 
 
 
 
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