第1話 萌加 「アイツ」
 
 
 
私は学食の席につくと、大急ぎでランチを食べ始めた。
量も少なくしているので、あっという間にお皿の底が見えてくる。

萌加もかは相変わらず早食いだな」

私の前の席で優雅にフォークでパスタを巻いているのは、
東原龍聖ひがしはらりゅうせい
どんなタイプの男かと言えば、まさに王子様。
白タイツをはかせてみたい。

「生まれつきなんだからほっといて」

私はお皿から目を離さずに言った、
が、ついでにチラッと左腕の時計を見る。

12時30分。

お昼休みが始まって、まだ15分。
ううん、もう15分!
急がないと!

だけど私は急いでいる素振りは見せず、いかにも「生まれつき早食いなんです」って感じで食事を進めた。


「うわ。萌加、もう食べ終わっちゃうじゃない!」
「もっとゆっくり食えよ。身体に悪いぞ?」

のんびりとやってきたのは、
寺脇てらわきナツミと村山健次郎むらやまけんじろう
ナツミが私の横に、健次郎が龍聖の横に座る。

これがいつものメンバーだ。

4人が揃うと、あちこちから視線を感じる。
「ほら、あの金持ち4人組だ」
「なんかまた良からぬことを考えてるんじゃねーの?」
「お高くとまりやがって」
みたいな視線。

どうでもいいけど、そんな視線を送っているあなた達もじゅうぶんお金持ちでしょ。
お互い様よ。



私が通う私立堀西学園は日本でも有数のセレブ学園。
小学校から短大・大学まで一貫で、受験なんて庶民のイベントは当然ない。
(一応あるけど、本当に一応。受けなくても進学できるんだから)

東京の一等地に広い敷地を持っていて、その中に初等部・中等部・高等部・短大・大学の校舎がある。
しかもそれぞれに運動場や体育館、学食なんかも持っている。
後、ホテル並みの学生寮とか、図書館並みの図書室とか。

まあとにかくそんな学園に通っている生徒達は、例外なくお金持ちばかり。

ただ、私達4人はその中でも「特に」お金持ちであるのは事実。


東原龍聖の家は、日本一大きな銀行。
寺脇ナツミの家は、寺脇コンツェルンという大財閥。
村山健次郎の家は、ホテル王。

そして私、
神楽坂萌加かぐらざかもかの父は・・・神楽坂財務大臣だ。

健次郎のところは成金という感を否めないけど、4人の家が保有する資産に大差はない。
そのせいか、初等部時代から私達4人は何かと話が合い、なんとなく一緒にいる。
そしていつの間にやら4人とも、もう高校1年だ。


だけど、決して「仲良し4人組」じゃない。
例えば私の家が破産すれば、3人はたちまち私から離れていくだろう。
私だって同じだ。



ナツミは、その性格と同じくらいのんびりとした速度でお箸を取った。
と、同時に私はお箸を置いた。

「萌加って、昔はもっとゆっくり食べてた気がするんだけど・・・」

ちょっとたれ目で全体的に「ほんわか」したナツミ。
そのくせ、観察力はあるんだから。

「そう?昔から早かったわよ?」

私はサラッと誤魔化して、席を立った。

「今日も餌付け?」

健次郎が面白くなさそうに言う。

「そうよ。どうせ暇だし」

私はまたサラッと答え、学食の出口の方へ向かった。


学食といっても、これもそんじょそこらの学食とは訳が違う。
(他の学食なんて知らないけど)
高級レストランのシェフ達が、ちゃんと目の前で料理してくれるのだ。

そして食べ終わったら無人レジにお盆を置き、学生証をかざすと「ピッ」と支払いが済む。
お皿の裏に磁気が付いていて、コンピューターがそれで金額を計算しているのだ。
請求は翌月に、学費と一緒に親のところへ行く。
その額が一体いくら位なのか、想像つかないけど。


私はこの学食が好きだった。
好きな物を好きなだけ食べられるし、なかなか美味しい。
目の前で調理してもらえる、と言うのもなんだか嬉しかった。

でも今は、その時間さえ惜しい。
一番早くできるメニューを注文し、大急ぎで食べて、大急ぎでレジへ向かう。
もちろん、そんな素振りは見せずに。


私は学生証で支払いを済ますと、学食の出口へ・・・は、向かわず、
再びシェフ達が料理を出すエリアへと戻った。

「小原さん。今日もお願いね」

私はすっかり顔なじみになった、シェフの小原さんに声をかける。
小原さんは高級料亭から出向いてきている、シェフというか、料理人だ。

「はい。今日はいいお魚が入ってますからね。簡単なお造りと、茶碗蒸し、後炊き込みご飯でどうですか?」
「お任せするわ」
「かしこまりました」

小原さんは手際良く料理を作り、折り詰めに入れていく。

もうちょっと早い時間だと、まだ学生がいっぱいで小原さんも手が空いていない。
でも、もうちょっと遅い時間だと間に合わない。
ううん、間に合わなくはないけど、少しでも早く持って行きたい。

小原さんは私が急いでいるのを知っているから、超特急で作ってくれる。
量も心得ているから、多すぎず少なすぎず、無駄がない。
それに私の目的も知っているから、わざと「余り物を詰めました」的な折り詰めにしてくれるのだ。

私がこの仕事を小原さんに頼むのは、料理の腕と、この気遣いがあるから。
そして・・・アイツが和食好きだから。


「どうぞ」
「ありがと。いつも悪いわね」
「いいえ」

私は財布からお札を多めに取り出し、小原さんに渡した。
でも小原さんはそれを半分受け取り「もう半分は、明日頂ます」と笑顔で言ってくれた。

本当にありがたい。
私は欲しい物がある時は、いっつも持ち歩いている親のカードで買うし、
この学食の支払いは学生証で行うから、
普段、現金と言う物をほとんど持っていない。
それは、龍聖達も同じ。

だけどこの折り詰めは、ここのお皿のように磁気は付いていないから「ピッ」と言う訳にいかない。
第一、こんな風に折り詰めを作ってもらうなんて、例外中の例外だ。
私が「神楽坂萌加」だから、特別に先生も目を瞑っている。

だから、小原さんへの支払いも現金。

小原さんは材料代しか取らないけど、それでも私には毎日この現金を用意するのは大変だ。

実際、どうしているのかと言うと・・・
うちのお手伝いさんから、現金をもらっているのだ。
そしてお父さんになんだかんだ理由をつけて、そのお手伝いさんに「特別手当」を支払ってもらっている。

コレを始めてから、お金のありがたみというのを心底感じることができた。


私は折り詰めをそっと抱えると、学食から走って飛び出した。



 
 
 
 
 
 
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