第16話 龍聖 「別れ」
 
 
 
約7ヶ月、か。

よくもったもんだ。
正直、こんなに続くと思ってなかった。

それでも、愛に「別れましょう」と言われた時は、ショックだった。
精一杯、それを表に出さないように俺は言った。

「わかった。今までありがとう」
「こちらこそ。楽しかったわ」
「だけど・・・どうして急に?」

なんでそんなこと言うんだよ!と責めても、仕方ない。
終わりが来るのは最初からわかってたんだ。
最後はお互い気持ちよく終わりたいじゃないか。
でも、聞かずにはいられない。

「もう、じゅうぶん一緒にいたと思うし、お互い楽しんだと思うから。
私と付き合いたいって男は他にもいるし」

愛は、当たり前のようにそう言うと、コーヒーを飲み干した。
もう行こう、という合図だ。

俺は自分のコーヒーには手をつけず、立ち上がった。



学校へ向かう車の中、俺は愛の横顔を盗み見た。
いつも通りの綺麗な横顔。
彼氏と別れたばかり、とはとても思えない。

愛には内緒だけど、実は先月、俺はある男と会った。
会ったというか、突然声をかけられたのだけど。

そいつは愛の何番目かの元彼だった。
歳は愛より10以上も上だろう。
愛と俺が一緒にいるのを見かけたらしく、ご丁寧にも忠告してきてくれたのだ。

「あいつがお前みたいなガキに本気になるわけないだろ。
お前だって、あんなワガママで金遣いが荒い女、どうせ持て余してるくせに。
さっさと別れた方が身のためだぞ」

ワガママ?金遣いが荒い?愛が?

いや、確かに愛はワガママかも知れないし、金遣いは荒い。
でも、俺に対してワガママを言ったことはないし、俺に金を払わせたこともない。

デートの時はいつも学校まで送り迎えしてくれるし、金だって出してくれる。
俺が行きたいところにはどこでも連れて行ってくれるし、
俺が喜びそうな物は、何だって買ってくれる。

だけど、この男にはワガママを言い、金を出させていたようだ。

それはつまり、愛は俺に惚れてるから俺には優しいってことなのか?

違う。そうじゃない。
愛は「年下の男を甘やかす女」を演じているんだ。
そしてこの男の前では、「ワガママで金遣いの荒い女」を演じていた。

きっと、他の男の前ではまた違う女を演じるんだ。

愛は、色んな男と付き合い、その度に新しい自分を演じる。
まるでゲームを楽しむように。

だけど、そんなことやってて本当に楽しいのか?
愛は幸せなのか?

この先、愛は本気の恋なんてすることができるのか?


・・・でも、もういい。
俺には関係のないことだ。
愛と別れた俺には。


「じゃあ」
「ええ。さよなら」
「さよなら」

俺が降りると、車はすぐに去って行った。
何の未練も残さず。


あーあ・・・

女と別れて凹むなんて、いつ以来だ?
初めてかもな。
しかも、覚悟してたのに。

俺って、意外とナイーブなんだな。


・・・ん?
なんか、俺より酷い面した奴が道の向こうにいるな。


「萌加?」

俺は横断歩道もない道路を横切った。

「萌加!どうしたんだ?」
「・・・別に」

別に、じゃないだろ。死にそうな顔してるぞ。

「健次郎と・・・いや、本城となんかあったのか?」
「・・・どうして本城が出てくるのよ」
「お前にそんな顔させられるのは、本城くらいだろ」
「・・・」

とたんに、萌加がポロポロと涙をこぼし始めた。
全く。泣きたいのはこっちだってのに。

俺は仕方なく、寮の自分の部屋へ萌加を連れて行った。



萌加はベッドに腰掛けると、泣きじゃくりながら事情を説明した。
どうやら、本城は萌加の気持ちに気づいていて(当たり前だ)、だけどそれを迷惑に思っていたらしい。
で、「彼女がいる」と萌加に嘘をつき、萌加を遠ざけようとしていたようだ。

プライドの高い萌加だ。
そんなことされたら、そりゃ傷つくだろう。


「よしよし。男は本城だけじゃない。ちなみに俺と健次郎も男だぞ?知ってたか?」
「・・・知らなかった」
「そんな冗談言う余裕があるなら大丈夫だな。さっさと女子寮に戻れよ。見つかったら大目玉だ」

もちろん男子が女子寮に入るのも、女子が男子寮に入るのも禁じられている。
だけど萌加は、出て行くつもりがないらしく、ベッドに転がった。

「やだ。今日はここに泊まる」
「・・・おい」
「今、私一人にしたら本当に死ぬよ」
「ナツミのとこ行けよ」
「私とナツミじゃ、それこそお通夜だよ」

・・・ナツミのやつ、まだ「本屋さん」を引きずってんのか。

諦めて俺は萌加の横に寝転がった。

「手、出さないでよ」
「・・・だったら男のところに泊まるなよ」

心は本城の物、身体は健次郎の物、な萌加に触れる気はないけど。

「まあいいや。正直俺も、今日は一人になりたくない」
「何かあったの?」
「振られた」
「ふふ。私のこと慰めてる場合じゃないじゃない」
「ほんとだよ。ったく」

萌加は俺に背を向けたまま言った。

「また泊まりに来ていい?」
「やっていいなら」
「・・・」


そんな冗談を言い合っているうちに、
俺も萌加もグッスリ眠ってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
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