第9話 健次郎 「ホテル」
 
 
 
信じられない。


俺はシャワーのコックをひねった。
とたんにちょうどいい湯加減のお湯が降ってくる。

ここはホテルの一室。
ラブホテルじゃない。
ちゃんとしたホテル、それも、スイートとは言わないけどかなりいい部屋だ。

俺がここにいることが、「信じられない」んじゃない。
ここに、萌加といることが信じられない。


俺と萌加は初等部の頃からの腐れ縁だ。
俺はずっと萌加を口説いてるけど、萌加は一向になびいてくれない。

俺も俺で、一応萌加が本命ではあるけど、ちょくちょくつまみ食いはしてきた。
たった一人の女に夢中になって、他の女とは一切遊ばない・・・なんて馬鹿馬鹿しい。
龍聖だって、今の女にはかなり入れ込んでるけど、今までどれだけ遊んできたことか。


それなのに・・・

俺は今日の出来事を思い返した。





「萌加、遊びに行かねー?」

放課後、俺は毎日の習慣で萌加を誘った。
当然萌加も毎日の習慣で「行かない」と言うと思ったら。

「行く」
「・・・は?」
「聞こえなかった?行くって言ったんだけど」
「そ、そうか」

龍聖とナツミも交えて4人で遊びに行くことはある。
でも、2人なんて初めてじゃねーか?

嬉しいには嬉しいが、思いがけない展開に俺は焦った。

「・・・どこ行く?」
「どこでもいいよ」

うわ!やべえ!まさかこんなことになるなんて思ってなかったから、
どこ行くかなんて全然考えてなかった!

俺は考える時間を稼ごうと、適当に冗談を言うことにした。

「んじゃ、ホテルにでも行こうぜ」
「いいよ」
「・・・」

なんだ。
どうしたってんだ、萌加。
全然らしくねーじゃねーか。

そう言えば、今日の萌加はちょっとおかしい。
朝からボンヤリしてるし、昼飯ものんびり食ってたし、
そうそう、本城の餌付けにもいかなかったな。
龍聖が理由を訊ねたら「飽きた」って言ってたけど。

ま、いっか。
萌加がホテルに行ってもいいって言うんだから、俺としては何の異論もない。

「でも私、ケチ臭いのは嫌よ」
「わかってるって。誰に言ってんだよ」
「だって健次郎の家、ラブホテルいっぱい持ってるじゃん」
「萌加をそんなとこ連れて行く訳ねーだろ。本城じゃあるまいし」

俺がそう言った瞬間、萌加がキッと俺を睨んだ。

おっと、何か気に障るようなこと言ったか?
やべえ、やべえ。せっかく萌加がその気になってくれたのに、ここで機嫌を損ねたら台無しだ。

「寮に外泊届け出して来いよ!寮の前で待ってるからな!」

俺はわざと言い捨てて、急いで教室を出た。



で、現在に至る訳だ。


俺はシャワーを浴び終えて、脱衣所に出た。
大きな鏡が一瞬湯気で曇ったが、すぐに俺の身体がはっきりと映る。
湯気止めか何かをしてあるんだろう。

うーん、さすがに龍聖ほどいい男とは自分でも言えないが、
まあ萌加と並んで歩いても、そう見劣りはしないだろう。

少なくとも貧乏人の本城とよりは、サマになるはず。


俺は鏡に近づき、ニヤッと笑って呟いた。

「悪いな、本城。お前の好きな女、もらうぞ」

って、全然悪いなんて思ってないけど。


その時、寝室の方の音が気になった。
何か聞こえてきた訳じゃない。
何も聞こえてこないのだ。

もしかして萌加の奴、土壇場で気が変わって帰っちまったのか?
そりゃねーだろ!?
でもあいつ、なんでか今までずっと男とは縁がなかったから処女だろうし、急に怖くなったとか?

俺は、腰にタオルを巻くと脱衣所の扉を小さく開いた。


・・・いた。


よかった。
ベッドに腰掛けて、外の景色を見てる。
なんかちょっと寂しそうな顔してんな。
やっぱ何かあったのか?

まあ、いい。
とにかく今夜、萌加とやれるんだ。

俺はそのまま脱衣所を出た。


「萌加もシャワー浴びるか?浴びなくてもいいけど」
「・・・浴びるよ」

萌加は俺の方を見て、顔をしかめた。

「ちょっと。服くらい着てよ。せめてバスローブとか」
「どーせ、すぐ脱ぐし」
「・・・」

萌加は表情を硬くし、バスルームへ入っていった。


なんだ、緊張してんのか?
かわいいとこあるじゃん。



 
 
 
 
 
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