第1部 第10話
 
 
 
「もう1回、行ってくる!」
「マユミ・・・もう4回目よ?大丈夫?」

親友の
有紗ありさが、お皿を手に勢い良く立ち上がった私を見て、
心配そうに言った。

「ケーキバイキングなのよ!?食べないともったいないじゃない!」
「別にもったいなくないわよ。そもそも、どうしてバイキングなの?
たくさんケーキを食べたいなら、普通にカフェとかで何個でも頼めばいいじゃない」

そうなんだけど。
とにかく今は、食べたいものを好きなだけ取って、思い切り食べたいのだ。
お腹がすいてる訳じゃない。
でも、なんだかとにかく食べまくりたい!

有紗も私の気迫に負けたのか、それ以上は何も言わず、
バイキングだというのに一つのケーキをコーヒーと共に優雅に食べ始めた。
中身はともかく、見た目も優雅な有紗がこうやってると、まるで雑誌のモデルみたいだ。
・・・まあ、その目の前に、ケーキ大盛りのお皿にがっついている女がいると、
とてもじゃないけど絵にはならないけど・・・。


ここはホテルのラウンジにあるレストラン、の、ケーキバイキング。
結構いいホテルだけど、さすがにバイキングとなるとケーキの味も落ちる。
でも、味なんてどうでもいい。
甘けりゃいいんだ。

「ふう。新記録20個目」
「・・・信じられない。ねえ、マユミ。もうすぐ中間テストね。勉強してる?」
「してる訳ないじゃん」

そう言っているうちに、記録は21個に更新された。

「別に赤点取っても追試で絶対救済されるし、留年もあり得ないし」
「まーね」

堀西学園は、とにかくお金が物を言う学校だ。
寄付金さえしっかり納めておけば、先生達は多少のことには目を瞑ってくれる。
それに生徒の保護者には、政界・経済界なんかの権力者も多い。
そんな家の御曹司・ご令嬢を留年になんてできないんだろう。

お陰でテスト前だというのに、私も有紗もこのザマだ。
もっとも、有紗は堀西の中では成績が良い方だけど。

「マユミは堀西短大に進むの?それとも堀西大?」
「短大に決まってるじゃん。女が大学なんて行ってどうするのよ。歳取るだけじゃん」

誤解のないように言っておくと、この場合の「女」は「堀西の女」という意味だ。
堀西に通うご令嬢達は、将来どっかの金持ちに嫁ぐか、養子をもらうかのどちらかだ。
で、どちらにしても、有閑マダムとして一生を過ごす。
どこに、わざわざ大学へ進学する必要があるのよ?
もっと言えば短大にだって行く必要はない。
それでも行くのは、「高卒」じゃ聞こえが悪いから、
一応「短卒」と言えるようにしておくのが最大の目的と言っても過言じゃない。
まあ、実質入試もなくエスカレーター式で進めるから、
堀西じゃ高卒も短卒も同じようなものだけど。

有紗がクスクスと笑った。

「いつに増しても毒舌ね、マユミ」
「そう?」
「うん。思いっきり口悪く言いたいこと言いまくってストレス発散してるって感じ」
「・・・」

さすが、初等部からの付き合い。
なんでもお見通しらしい。



月島さんと出会って以来、私はちょっとおかしい。
お姉ちゃんの彼氏を好きになること自体、おかしいんだけど・・・
でも、そういうこともあるよね?相手がどんな人でも、どうしようもなく惹かれてしまうことって。

だけど、「お姉ちゃんより私の方が月島さんに相応しいんだ!」って自己暗示をかけるためなのか、
私は月島さんの前だと、どうも自分らしく振舞えない。
月島さんに嫌われたくなくて、無意識に背伸びして頑張ってる。

そして、こんなに頑張ってるのに、2週間後にお姉ちゃんが帰ってきたら、
やっぱり月島さんはお姉ちゃんを選ぶんじゃないか、という不安をいつも抱えている。

このケーキバイキングや毒舌はその反動だ。
思いっきり食べて、思いっきりおしゃべりして、嫌なことを忘れたい。
付き合わせちゃってる有紗には悪いけど・・・
そう言えば、学校で会った師匠にも随分言いたい放題言っちゃったかも。
だってあの人、なんかぶちまけやすい。

とにかく、月島さんと関係ない人と話していると、
なんとかいつもの私に戻れる気がする。

「何かあったの?」
「・・・聞かないで」
「ふーん・・・まあ、いいけど。少しくらいはテスト勉強しなさいよ?」
「どうしてよ。必要ないって」
「追試予定の日、追試者以外は学校休みだから、一緒に旅行しようって約束じゃん」
「あ」
「追試は0点でも問題ないけど、受けないのはさすがにマズイよ」
「・・・そうよね」

仕方がない。
赤点にならない程度に勉強しよう。

私はフォークをくわえたまま鞄の中を確認した。

あー、教科書とか全部学校に置きっぱなしだ。
こりゃ、勉強は明日からだな。
うん、そうしよう。


しかし、翌日、ちょっとした事件が起きた。
と言っても、私には直接関係ないからそれでテスト勉強ができなくなるわけじゃないんだけど、
ほら、やっぱり周りがバタバタしてたら、落ち着かないじゃない?





「あれ?パパは?」

私は、ダイニングテーブルの椅子に座り、オレンジジュースを一口飲んだところで、
ようやくパパがいないことに気付いた。

パパは忙しいから、平日に一緒に夕ご飯を食べることはまずない。
だから代わりに、と、朝ご飯はできるだけ家族で揃って食べるようにしているのだ。
でも、そのパパが今朝はいない。
もちろん、そういうこともあるけど。

「仕事で何かトラブルがあったみたいなの。朝早く出て行ったわ」

我関せず、という感じで、ママがのんびりとコーヒーを飲む。
ママはパパの仕事に興味がない、というより、分からないから下手に口出しをしない、という主義だ。
ちなみにお姉ちゃんもそう。
私は、純粋に興味がない。

だから「そう」とだけママに返事をして、トーストを急いで食べると、
鞄を掴んで家の前で待っている送迎の車に乗り込んだ。
 
 
 
  
 
 
 
 
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