第3部 第3話
 
 
 
「女って、こえー」

全く同感だが、一応女である私の前で言わないでほしい。

でも師匠は私の冷たい視線は無視して、
ハンバーガーを一口で3分の1近く食べ、
あっと言う間に口を空にすると、
今度はコーラを一気に半分くらい飲む。

「よく、炭酸でむせないね」
「慣れてるから」

ファーストフードのハンバーガーなんて、師匠と付き合うまで食べたことがなかった。
初めてこのお店に来た時、私はハンバーガーの食べ方がわらからず、
オープンサンドのように分解したら師匠に、
「その『私、お嬢様だからこんなもの食べれませんの』みたいなこと、やめてくんない?」
と冷ややかに言われた。

でも、今はもうプロ級の食べ方(?)で食べられる。


で、師匠が何を「こえー」と言ったのかというと・・・

「その『お義姉様』の彼氏はストーカーされてんのか」
「うん。学校の先生やってるらしくて、そこの女子生徒が『付き合ってくれなきゃ自殺する!』って
迫ってきたんだって」
「こえー・・・」

そういう事情で、和歌さんの彼氏は和歌さんに危害が及ばないよう、
しばらく和歌さんと会うのは控えて、女子生徒には「彼女はいない」と言っているらしい。
更に、本当に自殺されたら困るので、
休みの日は校長公認の元、女子生徒と「デート」している。

「卑劣だよな。そんなこと言われたら、教師は言う通りにするしかないじゃん。
何かあった時、結局責められるのは教師の方だもんな」
「そうなんだよね・・・そう言えば、師匠のお兄さんも先生やってるんじゃなかったっけ?」
「うん。兄貴もそんな目にあってるのかなー」
「まさか」
「だよな。普通そんなこと、ないよな」

師匠は、残りのハンバーガーとコーラを一気に食べた。
部活でせっかく身体作りしてるのに夕ご飯がこれじゃあね、と思ったのだが、
師匠にとってこれはあくまで「おやつ」。
帰ってからちゃんと夕ご飯を食べるらしい。

男の子の胃袋ってどうなってるんだろう。

「でね。今度お義姉さんと、彼氏の後をつけることにしたの」
「は?なんでそーなる?」

師匠が、また余計なことに首突っ込みやがって、という顔になる。

いいじゃん。
和歌さんがかわいそうなんだもん。

和歌さんは、頭で事情は分かっていても、
やっぱり彼氏に会えないのは寂しいらしい。
それに、その女子生徒とどういうデートをしてるのかも気になる。
そうだよね。
もし女子生徒が「一緒にホテルに行ってくれなきゃ自殺する!」とか言い出したら、心配だもんね。

「だから、彼氏と女子生徒がどういうデートしてるか、こっそり見に行くの!」
「やめとけよ、そんなの」
「もう決めたもん。だから次の日曜は、会えませーん」
「・・・」
「あ。後ね、春休みに友達と旅行に行って来る」
「旅行?」

例の
的場まとば主催の旅行のことだ。
有紗に「考えとく」とは言ったものの、適当な理由を言って断るつもりだった。
でも有紗が、
「去年、二人で旅行に行こうって言ってたのに、マユミが赤点取って追試になったから、
結局行けなかったじゃない。今度こそ付き合いなさいよ!」と、
去年の私の失態を持ち出してきたので、仕方なく付き合うことになったのだ。

的場は私のことを好きらしいから、私は行かない方が有紗は的場に接近しやすいだろうに、
「好きな男子と一緒にいたい」という気持ちと、
「仲の良い女友達と旅行したい」という気持ちは別物らしい。
それに私に彼氏がいるということで、有紗も安心してるんだろう。


師匠は目を細くして私を睨んだ。

「旅行ってどこに?」
「グアム」
「グアムって海外の?」

他にどんな「グアム」があるのよ。
みんなでワイワイ旅行に行くならやっぱリゾートでしょ?
そうなると、下手に国内にするよりもグアムの方がお手軽だもん。
家族でもよく行くから慣れてるし。

「高校生のくせに・・・」
「師匠も一緒に行く?」
「行く訳ないだろ。誰と行くんだよ?」
「友達10人くらいとかな」
「・・・男も?」
「うん。そもそもの企画者が男子だし」

そう答えると、師匠は最後一口残っている私のシェイクを取り上げ、
ズズズーっと飲んだ。

「ああ!残してたのに!」

でも、師匠はいかにも嫌味っぽく私を横目で見ながら、
シェイクの紙コップの蓋を取ると紙コップをひっくり返し、
舌を出して最後の一滴まで飲み干した。

どうでもいいことだけど、師匠は学校では優等生面してるくせに、
私の前ではいっつもこんな感じだ。
でも、この師匠の方が師匠っぽくて好きだ。

「普通、彼氏がいるのに他の男と旅行に行くか?」
「あれ。妬いてるの?」

こんな「一応」なお付き合いなのに?

「『一応』なお付き合いだから、敢えて妬いとくんだよ。
まともなカップルっぽくて、楽しいだろ?」

なんだ、それは。
相変わらず師匠の思考回路はよくわからない。
それに、「敢えて妬いとく」と言いつつ結構本気で嫌そうな顔をしてるのは、
演技なんだろうか。

ならば私も演じてやろう。

「大丈夫よ。私のことを狙ってるらしい男子がいるけど、浮気なんかしないから」
「・・・誰?」
「Lコムの御曹司」
「・・・」

師匠はテーブルの上に身を乗り出すと、
目にも留まらぬ早業で私のスカートのポケットから携帯を取り出した。
師匠にはスリの才能もあるらしい。

「Lコムってマユミが持ってるこの携帯の会社?」

師匠が私の携帯を閉じたり開いたりする。

「うん」
「解約」
「・・・わかったわよ」

私がそう言うと、師匠の顔が「おっ」となった。

「珍しく素直じゃん」
「解約しないって言ったら、師匠、その携帯折りそうだもん」

すると師匠は、少しあっけに取られたような顔をしてから・・・
急に自分と私のトレイを手に立ち上がった。
その目が妖しく光る。

やばい。
師匠のこの目はやばいぞ。

私は自分の服装をチェックして、スカートをはいていることを後悔した。

今日も私と師匠の攻防戦が公園あたりで繰り広げられそうだ(寒いって)。
もっとも、いつも私が「結婚」という伝家の宝刀で勝つけれど。


私は師匠に引きづられるようにして、ファーストフード店を後にした。
 
 
 
  
 
 
 
 
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