第3部 第2話
 
 
 
「おい、2号」
「なあに、お義兄様」
「・・・笑うな」
「笑ってなどおりませんことよ」
「・・・」

ぷぷぷぷぷ。
私は成田の出発ロビーで笑いを噛み殺した。

お義兄様ことノエルさんは、いつもなら睨みの一つでも利かせるところだろうけど、
今はその余裕もないらしい。
義妹のことなどさっさと無視して、無言でお姉ちゃんの方を向いた。

かと思えば、すぐに自分の両親と和歌さんの方を向いてちょっと話し、
またお姉ちゃんの方を向く。
でもまたお姉ちゃんとは何も話さずに、今度は私のパパとママへ挨拶をする。

で、また黙ってお姉ちゃんを見る。

その繰り返し。

よっぽどお姉ちゃんと離れるのが寂しいらしい。

一方のお姉ちゃんは、たった2泊1日ノエルさんがアメリカへ行くだけでメソメソしてたのが嘘のように、
カラッとした笑顔だ。
将来の目標や、今自分がすべきことがはっきり見えてきたので、すっきりしたのだろう。


結局ノエルさんがお姉ちゃんに話したのは「行ってくるから」の一言だけ。
でも、「うん。頑張ってね」と言うお姉ちゃんの満面の笑みを見て、
ノエルさんも吹っ切れたように笑顔になった。


パパが、ノエルさんの横に立つ柵木さんに向かって、
「クリスマス休暇を長引かせてしまって悪かったね。ノエル君のことをよろしく頼むよ」
と言い頭を下げた。

ノエルさんの家族も一緒に柵木さんにお辞儀する。

「はい。お任せください。死なない程度にこき使います」

柵木さんが言うと洒落にならない。
でも、今日は柵木さんの表情も冴えない。
というか、泣きそうな顔をしている。

その原因は・・・

柵木さんが下唇を噛み締めて振り返った。
そこには、柵木さんの息子・奏君と手を繋いだ、
少しお腹の大きな女性が立っている。

「気をつけてね、湊君」
「うん・・・」

あれが噂の柵木妻ね?
しっかりした感じの女の人だ。
かわいらしい感じの柵木さんとは良い意味で凸凹夫婦で似合ってる。

柵木さんは後ろ髪どころか前髪まで引かれる思いのようで、
奏君を抱っこし「ママの言うことをちゃんと聞けよ?」と暗い顔で言う。

が。

「ママと奏は大丈夫だよ。心配なのはパパの方だよ」
「・・・」
「パパ、ちゃんとご飯食べてね?それにソファで寝ちゃダメだよ?ベッドで寝てね?
パパはすぐに『疲れたー』ってソファにひっくり返って歯磨きもせずに寝るんだから」
「・・・」
「あと、あんまり月島をいじめちゃダメだよ?
大好きなナツミちゃんと離れ離れになって傷ついてるんだから」

柵木さんとノエルさんが同時に赤くなる。
子供は怖いもの知らずだ。

これ以上奏君と一緒にいたら恥を晒すだけだと思ったのか、
2人は別れを惜しむ間も無く、さっさとゲートの中へ逃げていった。

「あんな調子で、社会人としてやっていけるのかしら、ノエル」

和歌さんがため息混じりにそう言うと、
柵木さんの奥さんが笑った。

「大丈夫ですよ。ジュークスの専務の奥様が、私の海光の後輩・・・
つまり、湊君と月島君の先輩なんです」
「そうなんですか?」
「はい。月島君もよく知ってる人だから、何かあれば力になってくれると思います」

それを聞いて、和歌さんとご両親、そしてお姉ちゃんももホッとしたようだ。

柵木さんの奥さんは21歳の柵木さんの2個上って言ってたから、今23歳か。
それでいて既に2児の母。しかも一人目は18歳で産んだっていうんだから、凄い。
しかも、この人、海光なんだよね?
一体どんな人生を歩んできたのか・・・

パパも興味を持ったのか、
「ジュークス社員の妻としてのお話を聞きたいですな」と、
このままみんなで夕食を取ることになった。

もちろん、誰も異論はない・・・

「パパ。私は帰るわ」
「なんだ、マユミ。何か用事か?ああ、師匠君と会うのか?」
「うん」
「今日、一緒に空港に来ればよかったのに」

で、このメンバーと一緒に食事する訳?
それはさすがに師匠も居心地が悪いだろう。

すると、和歌さんも「申し訳ありませんが、私も帰らせて頂きます」と言い出した。

こうして、私と和歌さん以外のメンバーは空港のレストランへと向かい、
私と和歌さんは一緒に電車に乗り込んだ。

車内は、旅行から帰ってきたらしい疲れ顔の人が多く、
ただ見送りに来ただけの私達はなんとなく座るのが申し訳なくて、隅っこの方に立った。

「和歌さんもデートですか?」
「ううん。勉強」
「勉強・・・大学生でも勉強するんですね」

私のTHE・日本人な発言に和歌さんが苦笑する。

「大学の勉強というより、資格の勉強だけどね」
「司法試験ですか?」
「どうして分かるの?」
「だって和歌さんてそんな感じ」

和歌さんが目を丸くしてから顔をしかめる。

「・・・私って、嫌味な人間ね」
「あはは、嘘ですよ。ノエルさんに聞いたんです」

和歌さんの表情がますます渋くなる。

「もう・・・でも、いい加減今年は受からなきゃ」
「大変ですね。デートもろくにできないんじゃないですか?」

私がそう言うと、
今まで渋い顔をしていた和歌さんの表情が急にすっと無くなり、
寂しそうな顔になった。

あれ。
もしかして。

「別れちゃったんですか?」

和歌さんの彼氏と言えば、
子供を産めない和歌さんに「それでもいい」と言って付き合ってた人のはずだけど・・・

まさか、やっぱり子供が欲しくなって他の女に乗り換えたとか!?
うわ、最低!!

・・・でも、それで和歌さんの彼氏を責めるのもちょっと酷な気がする。
寺脇家は特にそうだけど、跡取りって大事だもんね。

だけど和歌さんは「違うの」と言った。

「なんだ。別れたわけじゃないんですね」
「うん。でも今は会えないの」
「和歌さんが勉強で忙しいから?」
「ううん」

和歌さんは窓の外に目をやり、
独り言のように呟いた。


「彼、今浮気してるの」
 
 
 
  
 
 
 
 
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