第5話 彼と彼女
 
 
 
確かこっちの方だったような・・・

私は高等部の体育館の脇を歩いていた。
さっきの声は断続的に聞こえてきて、そのボリュームは少しずつ大きくなってきている。

そしてその正体がはっきりするにつれ、私の気持ちは落ち着いてきた。

確かに「女の叫び声」ではあるけど、どうやら悲鳴ではない。
本当に何か叫んでいるようだ。
それも助けを求めている、とかいう類のものじゃなくって、恐らく・・・


いた!


体育館の入り口付近に、一組の男女が立っていた。
高等部の制服を着ている。

男の子はこちらに背を向けてて顔は見えないけど、女の子の方ははっきりと分かる。
石黒さんだ。
ということは、男の子の方は本城君だろうか?

いや、間違いなく本城君だ。
あんなに足の長い男の子は他にいない。

私は木陰に隠れて、様子を見た。
もっとも真っ暗だから、そんな必要もないんだけど。


石黒さんは何やら物凄い勢いで本城君に怒鳴っている。
ほんとんど半泣きだ。
本城君の表情は見えないけど、その背中は「うるさいなー、めんどくさいなー」と語っている。

早い話が痴話喧嘩だ。

確か石黒さんは寮生だから、
(父親の余りの溺愛っぷりを見かねた母親が、寮に入れたらしい)
デートの後、本城君がここまで送ってきて、
何かの拍子に喧嘩になってしまったんだろう。

それにしても石黒さん、凄いな。
私、誰かにあんなに怒鳴ったことない、って言うか、怖くて怒鳴れない。
ましてや好きな人になんて。


私は立ち去ることも忘れ、呆気に取られてその光景を見ていた。

と。


バシッ!!


石黒さんの手が本城君の頬を打った。

・・・すごい・・・


石黒さんは、「バカ!!」と言い捨てると、
凄い勢いで走り出した。
私の目の前を通って行ったけど、私のことなんてまるで視界に入っていないようだ。

石黒さんは寮の方へと走って行き、あっという間に暗闇に消えた。
その後姿を呆然として見ていると、頭の上から声が降ってきた。

「何してんの?」
「・・・へ?」

見上げると、左頬を少し赤くした本城君が立っている。

「げ」
「何だよ、げ、って。覗き見?」

いつもは一応敬語を使う本城君なのに、
なんか言葉が荒い。
怒ってるんだろうか。

「い、いや・・・ごめんなさい。そんなつもりじゃ・・・」

本城君は、ふん、と鼻をならして、尚も私を見おろしたままだ。
本城君は背が高く、私は低いから、当然「見おろす」ことになるんだけど、
なんかちょっと違う。
「見おろす」って言うか「見くだす」って言うか・・・
「覗き見をしていた子供を叱ってる」的な目だ。

おーい。私、教師なんですけど?

「今、帰り?」
「え?ええ・・・」

って、違う。
学校に戻って来たとこだ。

でも訂正できる雰囲気じゃない。

「ふーん。教師は学校で酒飲むんだな」
「!」

私は慌てて口を手で覆った。

やだ!私、お酒臭い!?

「こ、これは!今まで外で飲んでたのよ!ちょっと事情があって・・・」
「事情?振られて自棄酒とか?」
「・・・違うわよ。振られてない」

本城君はまた、ふーん、と言って私に背を向け歩き出した。
でも、5歩ほど行ったところで立ち止まり、振り返った。

「帰らねーの?」
「え?ああ、帰る・・・」

いやいや、帰らないって。

でもやっぱり訂正できない。

「なら、行こーぜ」
「へ?」
「もうバスないだろ。駅まで歩くんだろ?」
「・・・」

何それ。
駅まで送ってくれるということなのか。
私、生徒に送ってもらうほどお子ちゃまじゃないんだけど。

ちょっとムッとしたのが顔に出たのか、
本城君は付け加えた。

「そんな酔っ払ってたら、誰かに後つけられてもわかんないだろ」
「・・・」
「酔ってなくても、わかんなさそーだけど」
「酔ってません!それに、そんな無防備じゃありません!」
「人が喧嘩してるとこポケーっと口開けて見てたくせに」
「・・・」

なんなんだ。
なんで私、生徒にこんなにやり込められてるんだ。


本城君はそれだけ言うと、また歩き出した。

私はしばらくその背中を見ていたけど、
仕方なくついていくことにした。



  
 
 
 
 
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