第1部 第10話
 
 
 
日曜の夜。
机で勉強している春美ちゃんを、私はチラチラと盗み見た。

「・・・亜希子さん。全然『チラチラ』になってませんよ?
言いたいことがあるなら、言ってください」
「バレてた?」
「はい」

バレていたんじゃ仕方ない。
私は、シャーペンを置くと、椅子ごと春美ちゃんの方を向いた。

「・・・」
「亜希子さん?」
「あ、うん、えっと」

なんて聞けばいいだろう。

少しの間悩んだけど、結局いい言葉が見つからず、
私は当初考えていた質問を諦めて、他のことを聞くことにした。

「春美ちゃんて、初めてキスしたの、いつ?」
「ええ!?」

春美ちゃんが、大袈裟にではなく、本気で驚いて目を見開く。

「亜希子さんがそんなことを聞くなんて!明日は雪かもしれませんね!」
「あのね・・・もう5月よ」
「じゃあ台風が来るかも!」
「・・・」

春美ちゃんは「冗談ですよ」と笑いながら、
ちょっと照れくさそうに答えた。

「中1の時です」
「中1!?早いね!」

いつもだったら「そうなの」なんて理解のある振りをするけど、
今日は思わず正直に驚いてしまった。

だけど春美ちゃんは、そんな私に「亜希子さんてば真面目ですねー」なんて馬鹿にした態度は取らない。

「ですよね。ませてると思います」
「えっと・・・誰と?前の彼氏?」
「はい。小学校の卒業式で告白されて付き合いだした彼氏です。中2の夏に別れましたけど」
「そういえば、そうだったわね」

春美ちゃんに前彼氏がいたことは知ってるけど、
その彼は海光の人ではなく、春美ちゃんも彼のことを話題には出さなかった。
今思えば、春美ちゃんはあんまりその人を好きじゃなかったのかもしれない。

「どうして別れたの?」
「喧嘩しちゃって。それ以来、男の子にちょっと懲りて誰とも付き合わなかったんですけど、
今は彼とラブラブです。以上、坂上春美の男性遍歴でした」

おどけて言う春美ちゃんに、思わず笑ってしまう。

「遍歴って言う割には、少ないね」
「やっぱりそう思います?頑張ってもうちょっと増やそうかな」
「ふふふ」

本当は、初めて「経験」したのはいつか、って聞きたかったんだけど、
口に出すのも躊躇われて聞けない。
普通に考えれば、今の彼と付き合い始めたのが去年の今頃だから、
その頃なんだろうけど。

もしかして、最初の彼氏と、だったりするのかな?
それはいくらなんでも早すぎる?
でも、それくらいが「普通」なのかな?

「あ、そうだ!次の日曜のお昼でどうですか?」
「え?何が?」
「亜希子さーん。この前、いいって言ったじゃないですか。彼とのお見合い」
「?ああ、春美ちゃんの彼氏と会うって約束ね?」
「はい!」
「うん、いいよ。次の日曜ね」
「やった!ありがとうございます!」

春美ちゃんが早速彼にメールを打つ。
返事はすぐに来た。

「彼ってば、『何着て行ったらいいかな?』だって」
「ふふ。じゃあ私は制服着ていこうかな」
「正装、って言う意味じゃ間違いありませんね。それじゃ、彼はスーツですね」
「本当にお見合いみたい」
「そうですねー」

ニコニコしながら再びメールを打ち始める春美ちゃん。
まさか本当に「スーツ着て来てね」と打っている訳じゃないだろう。

でも、私、友達と外に遊びに行くなんてこともないから、
制服と部屋着以外に大した服を持ってないな・・・

春美ちゃんの彼と会うのに、あまりにきちんとした格好をするのも変だけど、
「春美ちゃんの先輩」って立場上、適当な服って訳にもいかない。

土曜日にでも、何かそれらしい服を買いに行こう。






「酷いじゃないですか」

月曜の朝の全校朝礼が行われた後、講堂を出たところで湊君に捕まった。
湊君が何を「酷い」と言っているのか分かっているけど、とぼけることにする。

「おはよう。酷いって何のこと?」

湊君はほっぺを少し膨らまし、口を尖らせて言った。

「土曜日。どうして何も言わずに帰っちゃうんですか」

湊君だって、試合中、全然私の方見なかったじゃない。
試合に夢中で、それどころじゃなかったんだろうけど。

「ああ、ごめんなさいね。ちょっと急用ができたの」
「・・・ふーん。そうですか」

言葉とは裏腹に、全然納得している様子じゃない。
更に。

「じゃあ、今週の土曜日も来てください」
「またやるの?」
「現役の奴らと高1・高2で試合やったっていうのを、高3の元バレー部員が聞きつけて、
『受験勉強の息抜きに、俺達もやりたい!』って言い出したんです」
「そう。でも、今週は予定があるから行けないわ」

そう言うと、湊君のほっぺはますます膨らんだ。

「予定ってなんですか」
「お買い物」
「・・・誰と?まさか、月島?」

どうして月島君が出てくるのか。

「1人よ。服を買いに行くだけ」

すると、今度はとたんに湊君のほっぺがしぼんだ。

「俺も行きます!」
「はい?」
「買い物!付き合います!」
「ええ!?ダメよ、恥ずかしい!」
「下着でも買うんですか?」
「ち、違うわよ!お見合いするから、それ用の服を・・・」

ほっぺがさっきの2倍に膨れ上がる。

「なんですか!お見合いって!」
「ああ・・・ルームメイトが彼氏に会わせてくれるって言うから・・・」

あ、しぼんだ。

「ルームメイトって、坂上先輩ですか?」
「知ってるの?」
「海光一の美少女ですからね。知らない奴はいませんよ」

・・・まあ、確かにそうだけど。

「そっかー。坂上先輩、彼氏いるんだー・・・」

あからさまに、がっくりと肩を落とす湊君。

「・・・どうしてガッカリするの?」
「海光の全男子生徒を代表してガッカリしておきました」

そう言って、すぐに復活する。
相変わらず面白いんだから。

「んじゃ、土曜日。1時に校門の前で待ってますね」
「ええ?本当に一緒に行くの?」
「当たり前じゃないですかー」
「試合は?」
「パスパス」
「・・・」

湊君は満面の笑みで「約束ですよー!」と言いながら行ってしまった。


・・・あーあ。
日曜日に着ていくための服を買いに行くのに、
土曜日に着ていく服も考えなきゃいけないじゃない。
 
 
 
  
 
 
 
 
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