第1部 第9話
 
 
 
月島君は予想以上に頭が良く、予想外に面白い子だった。
でも月島君の家族はもっと面白かった。

「え?じゃあ、月島君のご両親は入学式に来てなかったの?」
「はい。姉の高校の入学式とかぶっちゃって、母は『どっちに行こう』って悩んでたんですけど、」

普通、迷わず海光を選ぶと思うけど。

「僕も姉も『別に来なくていいよ』って言ったら、
『そう?ちょうどよかったわ。実は結婚記念日だからお父さんと2人でお出かけしたかったのよね』、
って言って、どっかに行っちゃいました」
「・・・・・・」

どうやら月島家の中では海光というのは、たいした学校ではないらしい。
「受験勉強もせずに受かるレベル」くらいにしか思ってないのだろう。

信じられない。

「じゃあ、月島君は企業経営とかに憧れはないの?」
「憧れはあります。でも、それが本当に自分のしたいことなのかどうかは、まだわかりません」
「・・・そう」

それでいて海光にトップ入学。
溢れんばかりの才能を持っていながら、本人はまだそれに気付いていないようだ。


チームの元へ戻っていく月島君を見ながら考えた。

私は、小さな頃から自分は「社長さん」になるんだと決めていた。
どうしてそんなことを決めたのかは覚えていないけど、
とにかくそう決めていた。

だから、小学校の低学年の頃から塾に通い、
海光に合格するために全てを犠牲にしてきた。
合格通知を手にした時は涙が出るほど嬉しかったけど、
入学したら、それまでの小学校とは違い、周りは頭のいい子ばかり。
その中で埋もれてしまわないよう、受験生だった時より必死に勉強した。

そして気付けばあっと言う間に5年が過ぎていた。
「社長さん」以外で、自分は何がしたいかなんて、考える暇もなかった。

でも・・・月島君が言うように、
「それが本当に自分のしたいこと」なんだろうか。
子供が「将来、アイドルになりたい!」と無邪気に言うのと同じで、単なる憧れなんだろうか。

・・・違う。
違う、違う、違う。
私は本当に企業家になりたいんだ。
単なる憧れなんかじゃない。

ううん、憧れでもいいじゃない。
私はその憧れを実現するんだ。
私にはその力もあるし、それが可能な環境にもいる。


私は自分に言い聞かせるように頷くと、
高校1年生と中学1年生の試合が始まったコートに目をやった。

月島君はバレー経験者らしく、他の中学1年生の部員より遥かに上手い。
特にレシーブ。
自分のところに来るボールは、絶対に落とさない。

そして反対側のコートにいる湊君は、チームの中では一番小さいのに、
一番高く飛ぶことができるようだ。
それに細身なのにパワーがある。
アタックの威力がすさまじい。
しかも・・・心なしか月島君を集中攻撃している気がする。

月島君もそれに気付いているのか、
特に湊君からのボールは、意地でも取る。

2人の息もつかせぬ(?)攻防戦はしばらく続いたけど・・・

みっちり3年間バレーをやり、まだ引退して間もない湊君に、
月島君が敵う訳もなく。
ついに、湊君のアタックが決まった。

チームメイトとタッチして喜ぶ湊君。
「ちぇっ」っと悔しそうに軽く床を殴る月島君。

もー・・・2人とも大人げないんだから。
って、月島君はまだ本当に子供だけど。

私は苦笑いしながらも、湊君がこっちを向いたら手でも振ってやろうと思った。
だけど湊君が私の方を見る前に、試合が再開し、私はなんとなく壁にもたれ直した。

それからも、何度か湊君のアタックは決まったけど、全然私の方を見てくれない。

・・・まあ、別にいいけど。

なんとなくつまらなくなって、私は反対側の体育館の壁を眺めた。
そこには、私と同じくこの試合を観戦にきた女子生徒たちがキャアキャア言って騒いでる。

あの子達、高校1年生かな?
じゃあ湊君と同じ学年だ。
クラスメイトかもしれない。

そう思ったとき、1人の女の子が目に付いた。

色白で、ちょっと目の引く可愛い女の子。


・・・昨日の子だ!


私は思わず壁から背を浮かせた。

間違いない。
昨日、学食の裏で、男子生徒と会っていた子だ!

でも、確かに昨日の子ではあるけど、昨日とは全然雰囲気が違う。
ごく普通の女子生徒だ。
とても、あんなことしていた子とは思えない・・・

と、その子のところへ、さっきまでコートの中にいた赤いTシャツの男子生徒が笑顔で近づいて来た。
昨日の男子生徒だ。

昨日はあんなイヤらしいことしてたくせに、今は爽やかなスポーツマンにしか見えない。


2人はニコニコしながら話している。
大方、「どうだった?」「うん、かっこよかったよー」とか言ってるんだろう。
2人の距離は近くて、友達同士には見えないけど、
どこにでもいる普通のカップルだ。

ということは、「どこにでもいる普通のカップル」はみんなあんなことをしているんだろうか。

私は2人から目を逸らした。

別にいいじゃない。
付き合ってるんだったら当たり前のことよ。
春美ちゃんだって・・・

春美ちゃんの首筋についていた、紅いアザを思い出す。

そう。
春美ちゃんだって、あんなに可愛くてあんなに純情そうだけど、
ここ1年、毎週のように彼氏の家に泊まりに行っている。
何をしているのかなんて、明らかじゃない。

分かってる。
当然のことだ。


・・・だけど、こうやってマザマザと見せつけられると・・・


私は、嫌悪感のようなものを感じ、身震いをした。

 
 
 
  
 
 
 
 
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