第1部 第14話
 
 
 
「亜希子さん・・・もしかして、本気で晃久あきひさ君のこと、狙ってます?」
「何言ってるのよ。そんな訳ないでしょ」
「じゃあ、どうしてそんな綺麗になっちゃってるんですか」

日曜のお昼、待ち合わせ場所であるカフェで私を一目見るなり、
春美ちゃんは眉を寄せた。

「これには、深い理由があるのよ」
「理由?」
「うん、実はね、」

春美ちゃんの彼の「晃久君」との挨拶はさておき、春美ちゃんの機嫌を直すべく、
私は昨日の出来事を説明した。

今日はもちろん自分でメイクをしてみたけど、
三木さんが15分で簡単にやってのけたメイクは、私にはかなり難物だった。
結局1時間近くもかかってしまい、それでも昨日ほど上手なメイクはできなかった。

でもやっぱり、昨日の午前中までの私とは別人だ。

「へえー」
「だからこれは、お店の店員さんのアドバイスで、」
「亜希子さん、いつの間にアノ柵木君とそんなに仲良しになったんですか?」

今度はそっちが引っかかるのね?


さすがにこれ以上「晃久君」を放置するのは申し訳ないので、
取り合えず湊君のことは、寮に帰ってから説明することにしよう。





「はじめまして。宮崎晃久みやざきあきひさです。よろしく」
「小倉亜希子です。こちらこそよろしく」

宮崎さんは、私の想像を裏切らない好青年だった。
見た目も話し方も声も、かなりの好感度だ。

春美ちゃんが惹かれるのも頷ける。

「亜希子さんて・・・あ、亜希子さんって呼んでいいですか?」
「はい」
「亜希子さん、僕が想像していた通りの人ですね」

そう言って見せる笑顔も眩しい。
だけど私はとにかく「宮崎さんが想像する小倉亜希子」になれていたことに、ホッとした。

湊君と三木さんに感謝だ。

「春美は、いい先輩とルームメイトになれたね。よかったね」
「うん!」

宮崎さんと春美ちゃんが、お互いの顔を見て微笑む。

なんだがとってもいい雰囲気のカップルだ。
2人の間には、誰も割り込めない信頼関係があるように思える。


宮崎さんが、春美ちゃんと談笑しながら、テーブルのコーヒーに手を伸ばした。
私はその手をじっと見た。

大きくて指が長くて、筋が通ってて・・・男の人の手だ。

私は、昨日の湊君の手を思い出し、思わず赤くなった。

「亜希子さん、どうしたんですか?」
「ううん!なんでもない」
「最近、亜希子さん変ですよー?」
「そう?」

私はなんとか春美ちゃんの追及の逃れ、再び宮崎さんの手を見た。



昨日。
あの後、私と湊君は手を繋いだまま、近くのドラッグストアに入った。
そしてそこで、三木さんが持っていたようなメイク用品を探した。
でも、お洒落に興味のない私と、高校1年生の男の子の湊君では、グロス一つ探すのも大変だ。

小1時間迷った挙句、
ビューラーとかは春美ちゃんに借りればいいやと、
アイシャドウとアイライナーとマスカラ、それにグロスを買ってお店を出た。
ところが、春美ちゃんは宮野さんのところに泊まるから、
日曜の朝にビューラーは借りれないことに気付き、慌てて引き返した。

そしてビューラーを買ってお店を出たところで湊君が、
「そう言えば三木さんが、メイク落としがどうとか言ってた」と思い出し、
再びお店の中に駆け込んだのだった。

お陰ですっかり疲れてしまったけど、
やっぱり本屋さんははずせない。
そして、慣れ親しんだ本の匂いがする本屋さんに入ると、
私も湊君も水を得た魚のように元気を取り戻した。

特に、本屋さんの正面入り口で、以前から欲しかった本が平積みされているのを見つけたときは、
思わず手を伸ばしそうになったけど、湊君の前でその本を買うのは何故か躊躇われて、
仕方なく私はその本を見過ごし、湊君と一緒に参考書が置いてあるコーナーへ向かった。

最初は「新宿に来てまで参考書ですか?」と半ば呆れ気味の湊君だったけど、
湊君もやっぱり興味があるのか、参考書の山を前にすると、目を輝かせて、
「これはいいなー」とか「ビジネス本のコーナーも見たいです」とか言って、夢中になった。

そんな湊君を見て、私は思わず微笑んだ。

「なんですか?」
「ううん。湊君って、やっぱり海光の生徒なんだなあ、と思って」
「・・・なんか、馬鹿にしてません?」
「してない、してない」

本屋さんの中は通路が結構狭いし、静かだ。
自然、声が小さくなり、私と湊君の距離も近くなる。
さすがにもう手は繋いでいないけど、またちょっとドキドキしてきた。

私は、参考書を真剣な表情で物色している湊君を横目でチラッと盗み見た。

湊君の右耳。
そこには、相変わらず大きな青い石のピアスが光っている。
初めて見たときは驚いたけど、今ではこれがないと、湊君って感じがしない。
それに・・・なんだか色っぽさすら感じる。

真横に立つと、湊君のピアスは思っていた場所より遥かに高いところにあった。
結構、背、高いんだ。
それに細いけどガッチリしてるし、肩幅もある。
手も大きくって・・・
根本的に、女の身体とは造りが違う。

当たり前なんだけど。


私は今まで、人を男だとか女だとか意識したことがない。
生物的に別物なんてことはわかってるけど、自分や人がそのどちらに属しているのかなんて、
どうでもいいことだ。
いや、仕事をする上では、女より体力のある男が羨ましいとは思うけど、
今更自分の性別は変えられないし、
「女だから」「男だから」という目で見られたくないし、見たくない。


だけど、あの夜のカップルの情事を見てから、
私の中で何かが少し変わった。


男はやっぱり男で、男としての役割や欲求があり、
女はやっぱり女で、女としての役割や欲求がある。

それは、仕事とか家事とかそういうものではなく、もっと根本的な・・・
動物的なもの。


女である以上、私にもそういうものがあるんだろうか。

そして、男である以上、湊君にも。
 
 
 
  
 
 
 
 
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