第2部 第1話
 
 
 
先輩の体温を唇から感じながら、俺はホッとした。

本当に無事でよかった。
先輩に何かあったらどうしようと、気がきじゃなかったから。


先輩の肩が、ピクッと動く。

目を閉じてるから先輩の表情は見えないけど、
大方「何!?なんで!?」って顔をしてるんだろう。
いや、「頭真っ白」って顔かな。

ちゃんと説明してあげたいけど、とにかく今はもう少しこの幸せを味わっていたい。

ごめんね、先輩。
でも、あれだけ心配かけたんだから、ちょっとくらい我慢してください。




1時間と少し前のこと。

俺の枕元で突然携帯が鳴った。
時計は夜中の2時半をさしている。

こんな時間に、一体誰だよ?

目を擦りながら携帯を開くと、そこには「春美さん」の文字が。
メールではなく電話だ。

なんだろう・・・?
嫌な予感がしつつ、俺は通話ボタンを押した。

「はい」
「み、湊君!?」

慌てふためいた声が耳に飛び込んで来る。

「春美さん、どうかしましたか?」

俺は向かいのベッドで眠っているルームメイトの先輩を起こさないよう、
そっとベッドから起き上がると、小声で話した。
電話の向こうの春美さんの声の方が、部屋の中に大きく響きそうな勢いだ。

「亜希子さん知らない?」
「先輩?いえ、知りません」
「部屋にいないの!」

一気に目が覚め、血の気が引いた。
昼間、先輩が月島と一緒に出掛けたのを思い出したからだ。

あいつ!

でも、それは俺の早とちりだったらしい。

「私がベッドに入った時は、確かにいたの。『おやすみ』って言ってくれたし。
でも亜希子さん、夜中に部屋を出て・・・私、てっきりトイレにでも行ったのかと思ったんだけど、
いつまでたっても戻ってこないの。寮中探したけど、どこにもいないの!」

春美さんは次第に涙声になっていく。

「春美さん!落ち着いてください。俺、ちょっと心当たりに電話してみますから、一度切りますね」
「うん・・・うん」
「またかけ直しますから。もう一度よく寮の中を探してください」
「うん、わかった・・・」

春美さんを一人にする不安は残ったものの、とにかく一度電話を切って俺はアドレス帳を呼び出した。
が。

そうだ、月島は携帯持ってないんだ!

ついでに、先輩の携帯の番号も知らないことを今更思い出し、
俺は舌打ちをした。

とにかく携帯片手に部屋を飛び出し、
エレベーターを待って・・・なんて悠長なことは言ってられない。
俺は階段を2段飛ばしで一気に3階分駆け下り、暗い廊下を全力疾走した。

そして、目的の部屋の扉をドンドンと叩く。
本当なら大声を出したいところだけど、さすがに思いとどまった。

しばらくして、扉が内側から静かに開き、
不機嫌丸出しの月島が顔を覗かせた。

「湊さん?どうしたんですか、こんな夜中に・・・」
「月島!よし、居るな!だったらいい。もう寝ろ!」
「はあ?」

文句を言いたげな月島を残し、
俺は再び階段めがけて走り出した。

先輩は夜中に部屋を抜け出し、また月島と会っている・・・訳じゃないらしい。
ホッとしたような、
不安が増したような。

もし月島もいなければ、2人で一緒にいる可能性が高いから俺としては嫌だけど、
とにかく無事ってことだ(ある意味、無事ではないが)。
でも、月島は部屋に居た。

じゃあ、先輩はどこに誰といるんだ?
1人なのか?
何か、トラブルにでも巻き込まれたのか?

不安を抱えながら、俺は男子寮を飛び出し女子寮の方へと走った。



「じゃあ、やっぱり女子寮の中にはいないんですね?」
「うん。トイレもお風呂も探した。他の生徒の部屋は見てないけど・・・どの部屋からも声はしなかったし、
亜希子さんは普段から他の部屋に行ったりしないから」

女子寮の前で春美さんと合流し、
先輩がやっぱりいないこと、メモや置手紙もないこと、携帯も部屋に置きっぱなしということ、
を聞いて、俺は肩を落とした。

「そうですか・・・」
「どうしよう・・・やっぱり先生に言った方がいいかな」
「うん・・・でも、もう少し探してみましょう」

なんでもないことなら、騒ぎを大きくしない方がいい。
というか、先生に知られてまずいようなことなら、俺達の間だけで片付けてしまいたい。
でないといくら先輩でも退学、なんてことになりかねない。

俺と春美さんは、塀で囲われた海光学園内をくまなく探した。
とは言っても、建物は全て鍵がかけられているから、外だけだけど。
でも、いない。

今度は、学園の外に行ったのかもしれない、と思い、通用口へ向かう。
正門は施錠されているし、乗り越えるのはちょっと無理な高さだ。
この時間に学園の外へ行くとしたら通用口を使っているに違いない。
通用口には24時間体制で守衛さんがいるから、先輩が通ったなら、
必ず守衛さんが見ているはずだ。

しかし・・・

「女子生徒?何人か通ったよ。今日は土曜日だしね」

守衛さんが顎に手を当てながら、考える。

「そうですか・・・」

しまった。
海光は門限なんかもないから、生徒はいつでも出入り自由。
守衛さんがいるのは、部外者の侵入を防ぐためだ。
ここを通った生徒の顔なんていちいち覚えているはずがない。

「眼鏡をかけた・・・真面目そうな感じの生徒です」
「うーん、眼鏡をかけた子はいなかったと思うけど」
「・・・そうですか、ありがとうございます」

あんまりあてにならないけど、これ以上追求しても仕方ない。

俺は、また泣き出しそうになっている春美さんを促し、
通用門の前を離れた。

「学園の外に出て行っちゃったのかな・・・」
「この時間は電車もバスもないから、それはないと思いますけど・・・」

俺は目の前の講堂を見上げた。

「建物の中は、入れませんよね・・・」

俺がそう呟くと、春美さんが「あっ」と、声を上げた。

「校舎なら、入れるわ!」
「え?」
「1階の渡り廊下のところの扉!鍵が壊れてるの!」

春美さんは、そうだそうだ、と1人で頷いた。

「前に私、亜希子さんに『誰かが夜に校内で逢引するために鍵を壊したらしいですよ』って教えたの。
もしかしたら亜希子さん、それを覚えてて・・・」
「行きましょう」

俺は足早に、校舎へと向かった。

 
 
 
  
 
 
 
 
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