第2部 第15話
 
 
 
俺は目をゴシゴシとこすった。

いくら先輩に会いたいからって、幻覚まで見るようになったのか、俺は。
やばいなぁ。

「湊君!」
「・・・先輩?本物?」

俺は慌てて改札を出た。

「先輩!?」
「おかえりなさい」
「・・・迎えに来てくれたんですか?」
「え?だって昨日電話で、この新幹線で帰ってくるって言ってたから・・・」
「・・・」

確かにそう言った。
でもそれは、迎えに来て欲しいという意味で言ったんじゃなくて、
単なる連絡事項というか・・・
それ以降は東京にいるからいつでも会えますね、って意味だ。

2学期は9月からだけど、寮が再開するのはその1週間前から。
毎年俺は始業式前日まで実家にいるくせに、今年は開寮の日にさっさと東京に戻ってきた。
もちろん、先輩に早く会いたいからだ。

でもまさか、東京駅の乗り継ぎ改札まで先輩が迎えに来てくれるなんて、夢にも思わなかった。


「先輩っ!」

俺が周りも気にせず先輩に抱きつくと、
先輩は真っ赤になって俺を押し戻そうとした。

「や、やめて!こんなとこで!恥ずかしい」

確かにみんな見てる。

「こんなとこ、って、ここ東京駅じゃないですか!恋人同士が別れを惜しんだり、
再会を喜んで抱きしめ合う、定番の場所じゃないですか!」
「田舎者の発想ね」
「・・・」

夏休み初日のイヤな記憶が蘇り、
俺は渋々先輩から離れた。

「先輩も今日から入寮ですか?」
「うん」

先輩が足元の大きな鞄を持ち上げる。

「今日から?2学期はまだ1週間も先ですよ?」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すわ」

無視無視。

「何も今日、入寮する必要ありませんよね?」
「・・・だから?」
「お泊りしましょうね♪」
「・・・」

「イヤ」ですよね?
わかってますよ、わかってますよ。
でも、それで俺が引き下がらないのも、わかってますよね?

ところが。

「うん」
「・・・どうしたんですか。調子狂うじゃないですか」
「・・・」

俺はわざと大袈裟に両手で口を塞いだ。

「余計なこと言うとまた『じゃあ、やめる』って言われちゃいますね。
先輩の気が変わる前に、行きましょう!」





おもちゃ売り場へ向かう子供のようにウキウキした気分でホテルの部屋に入った瞬間、
俺は先輩を抱きしめ夢中でキスをした。

先輩も珍しく全く抵抗せずに、俺に付き合ってくれる。

・・・そっか。
先輩も俺に会いたかったんだ。
キスしたかったんだ。

だから東京駅まで迎えにきてくれて、
こうやってキスも好きにさせてくれる。


・・・幸せだ


ただ抱きしめてキスしてるだけなのに、なんとも言えない幸福感に包まれる。
俺にこれを与えることができるのは、先輩だけだ。

本当に充分過ぎるくらい幸せで、もうこれ以上何もしなくてもいい。
気持ちの上では。

「・・・身体はそうはいかないけど」
「へ?」

俺は先輩のTシャツをたくし上げた。
のんびり進める余裕もなく、Tシャツと一緒に下着も押し上げる。

「待って!シャワー浴びたい!汗、たくさんかいたから」
「えー・・・」

いつもはそんなこと気にしない。
でも、確かに今日は暑くて俺も随分汗をかいた。

先輩の汗なんて気にならないけど、
自分が汗臭いのは嫌だな・・・先輩に嫌われたくない。

「わかりました。その代わり、一緒に入りましょう」
「うん」

・・・。

いや、突っ込みは禁物だ。

俺は顔がにやけるのを何とか堪え、
当たり前のように「じゃあ、早く入りましょう」と笑顔で言った。



「どうしてニヤニヤしてるの?」
「俺、ニヤニヤしてます」
「うん」

あれ。

でも許して欲しい。
好きな人と一緒に裸でシャワーを浴びてるんだ。
ニヤニヤせずにはいられない。

俺は先輩の柔らかい身体を抱きしめた。

「はあ〜、ほんと、幸せ・・・」
「ふふ、お安い幸せね」
「そうですね。でも、たったこれだけのことで俺を幸せにしてくれる先輩に出会えたことこそ、
最高の幸せです」
「・・・もう、何言ってるのよ」

先輩が俺の肩に顔を埋める。
シャワーのお湯が、俺と先輩の身体の上を流れ、床に落ちていく。

そんな全てに幸せを感じる。

「先輩・・・綺麗な肌ですね。すげー白くて柔らかい」

背中から腰にかけて、手を滑らせると、
先輩が小さく息をついた。

「ずっと家の中に居たから、焼けないの。運動もしないから筋肉ないし」
「俺は毎日泳いでましたよ」
「ふふふ、健康的ね。どうりで焼けてると思った」
「来年は、一緒に海行きましょう。俺の実家の前の海。凄く綺麗ですよ」


先輩は俺の胸の中で、かすかに「うん」と言った。
 
 
 
  
 
 
 
 
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