第2部 第6話
 
 
 
「・・・うどん、好きなのね」
「そうですね。イライラしてる時に一気にすすると、気持ちがスッとしますし」
「・・・」

先輩は、食べる気があるのかないのか、
皿の中のカレーをぐちゃぐちゃと混ぜている。

俺も、食欲があるわけじゃないけどとにかく本当に一気にうどんをすすって、
丼を空にした。


学食の中でも一番端の目立たない席を選んだけど、
「海光一の秀才・小倉亜希子」と「ピアスの柵木」の組み合わせは、
どうしたって目を惹くらしい。
さっきから、何人もの生徒にチラチラと見られている。

でも、近くには誰も座っていないから(俺が「座るな」オーラを発している)、
話を聞かれることはないだろう。

俺は水を飲み干してコップをおいた。

「先輩。言いたいことがあるなら、言ってください」
「言いたいことなんて別にないわ」
「なら、どうして俺を避けるんですか?」
「避けてない」

あれで?

俺は呆れてしまった。

「そうですか。先輩は俺と会いたくないんですね」
「そんなんじゃ・・・ただ、勉強したかっただけ」
「・・・」

勉強?
そんなの、俺を避ける理由にならないだろ。

・・・そっか。
そういうことか。

先輩は俺と一緒にいたくないんだ。
だから、適当な言い訳をしてるだけなんだ。

それを責めても仕方ない。

俺は、俯いたままの先輩を残し、学食を後にした。






「短い春でしたねー」
「月島・・・お前、死にたいのか?」
「いいえ。まだ12歳ですから、あと8倍は生きたいです」
「だったら黙ってろ」
「だったら出て行ってください」
「・・・」

俺は月島のベッドにひっくり返って手の中の四角い物体をカチャカチャといじった。

「失恋の感傷に浸りたいなら、自分の部屋で浸ってくださいよ」
「ルームメイトの先輩が、友達とゲームしてるんだよ」
「じゃあ、図書室なんてどうです?図書室」

俺は四角い物体・・・懐かしのルービックキューブだ、を、月島の頭めがけて投げつけた。
が、月島はそれをナイスキャッチ。
ああ。余計にイライラする。

「そういや、お前のルームメイトは?」
「デートだそうです」

イライライライライライライラ・・・

「はあああ〜。俺、なんかしたかなあ・・・」
「シタじゃないですか」
「・・・」

どこまでも可愛げのないガキだ。

月島は、ベッドの上で肩を落とす俺に背を向け、
薄情なことに勉強を始めやがった。

勉強なんて大嫌いだ。

「・・・先週の土曜、小倉先輩と出掛けた時に、」

月島が俺に背を向けたままポツリと言った。

「おお。そう言えば、なんでお前が先輩と出掛けるんだよ」
「そんなこと今はどうでもいいでしょう?とにかくその時、小倉先輩が、
『恋愛に興味ない』って言ってたんです」
「・・・」
「まあ、湊さんのことを好きだって自覚したくなくて、そんなこと言ったんでしょうけど。
小倉先輩って頭いいのに男の趣味悪いですよねー」
「・・・」

いちいち皮肉を言わないと気がすまないタチらしい。

「きっと、小倉先輩は恋愛に溺れるのが恐いんですよ」
「え?」
「あれだけ勉強を頑張ってる人です。一番大事なこの時期に、男なんかに夢中になって、
人生を台無しにするのが恐いんですよ」
「・・・夢中になったからって、勉強できなくなるわけじゃないだろ」
「そうですけどね。小倉先輩はそれがわからないんですよ」
「・・・」
「今まで勉強一筋だったから、自分の世界に勉強以外のことが入ってくると、
今までの自分の世界が全て崩壊するように感じるんだと思います」
「・・・」
「恋愛も勉強も、自分で加減をつけて上手にこなす。そういうことができない不器用な人なんですよ、
小倉先輩は」
「・・・」

不器用な人・・・

そう。
本当にそうだ。

先輩は、呆れるくらい不器用で、呆れるくらい真っ直ぐな人だ。

そんなこと、月島なんかに言われなくても知ってる。
俺が一番良く知ってるんだ。
知ってるはずなんだ。

それなのに・・・


「ついでに言うと」

月島は椅子ごと俺の方に振り向き、
ルービックキューブを投げ返した。

受け取って見てみると、
なんといつの間にやら6面とも完成している。

「単純に恥ずかしいんだと思いますよ」
「恥ずかしい?」
「あんな自分を見られて恥ずかしい!しかも好きな人に!って」

おいおい、そこの12歳。

「好きな相手にだからこそ、見せられるんだろ」
「ま、そこはアノ小倉先輩ですから」

・・・確かに、アノ小倉先輩なら、
そーゆー訳のわからない理屈で恥ずかしがりそうだ。


俺はため息をついて、立ち上がった。

「月島・・・お前、なんでそんなに先輩のこと、よくわかってるんだよ?」
「俺、姉がいるんですけど、どことなく雰囲気が小倉先輩と似てるんですよね。
あそこまで不器用じゃないですけど・・・多分・・・うん・・・」

月島は、急に自分の姉のことを心配しだした。

「・・・でも、もし小倉先輩ぐらい不器用だったらどうしよう・・・
湊さんみたいなとんでもない男を『彼氏なの』とか言って連れてきたら・・・うわー。嫌過ぎる・・・」
「・・・」

俺はもう一度月島にルービックキューブを投げつけて、部屋を出た。
よほど姉のことに気を取られていたのか、今度はきちんと命中した・・・
 
 
  
 
 
 
 
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