第3部 第1話
 
 
 
ポカンとする湊君。

期待を裏切らないその反応に、
思わず笑ってしまいそうになるのを一生懸命堪えた。

「・・・妊娠?」
「うん」
「先輩のお腹に赤ちゃんがいるってことですか?」
「うん」
「・・・」

湊君が固まる。
放っておいたら何秒固まってるかな。
計ってみようかな。

でも、そう時間を置くことなく、湊君は我に返った。

「それって俺の子ですか?」
「・・・」

湊君の目が鋭くなる。
当然だろう。

湊君はいつも避妊してくれていた。
この子が湊君の子供であるはずがない。

「違うわ」
「・・・」
「湊君の子じゃない」
「・・・」
「だから湊君には関係ないの」

私は湊君を恐れることなく、堂々と言った。
以前の私なら、恐くて湊君の顔も見れなかっただろう。
でも、私を変えたのは他でもない湊君であり、お腹の中の子供だ。

湊君はしばらく睨むように私を見ていたけど、
やがて目を閉じて何かを考え出した。

そして、ゆっくり目を開いて言った。

「ここで初めて先輩を抱いた時。あの時はつけませんでしたよね」
「・・・そうね。でもあの時だけじゃない。私、初めてだったし」
「1回だけでも初めてでも、つけなければ妊娠することはあります」
「・・・」
「俺の子なんでしょう?」
「・・・違う」
「違いません」

湊君が確信を持って言う。

普通、彼女が妊娠して「あなたの子じゃない」と言えば、ホッとするんじゃないの?
どうして「自分の子だ」と言い張ってるんだろう。

「証拠もあります」
「証拠?」
「先輩は俺を好きだってことです」
「・・・」

私は俯いた。

そう。
それが何よりの証拠だ。
私は湊君が好き。
だから、他の男の人と寝たりなんて、絶対にしない。

湊君とですら、いまだに少し恥ずかしいのに。

「だから、それは俺の子です」
「・・・違う。この子は湊君の子じゃない。この子は・・・」
「じゃあ、誰の子なんですか?」
「・・・私の子よ」
「え?」
「誰の子でもない。私の子よ。私だけの子。だから私が産んで育てるの」
「・・・産む?」

湊君が驚く。
私が「妊娠した」と言った時より驚いている。

「産むって・・・え?産むんですか?」
「そうよ。お母さんになるって、言ったでしょ?」
「え、だって・・・産むって・・・」

湊君が少しパニックする。

「産むって、高校はどうするんですか?大学は?」
「大学には行かない。高校も辞める」
「・・・は?・・・何言ってるんですか?先輩が高校を辞める?」
「うん。予定日がね、卒業式の一週間後なの。さすがに隠してはおけないでしょ。
お腹も大きくなるし」
「・・・」
「これ以上の『海光の風紀・評判を損ねる』ことはないものね。どちらにしろ退学させられるわ」
「・・・」

湊君は、頭がついてこないらしい。
私だって、散々悩んで、あらゆる可能性を考えて、ようやくこの結論に辿りついた。
今、急に「妊娠したから高校辞めるわ」と言って湊君が納得してくれるとは思わない。

でも、私はもう決めたんだ。

「・・・ダメです」
「え?」
「何のために今まで頑張ってきたんですか!?企業家になるんでしょう?
こんなことで夢を諦めないでくださいよ!」
「こんなこと?じゃあ、子供を堕ろせって言うの?」
「それは・・・」

湊君が口ごもる。

湊君は、私の将来を考えるあまり、今が見えてない。
将来を考えることはもちろん大事だけど、
今私のお腹の中に命があるということが、まず第一だ。


私も、前は「将来」しか見てなかった。
「今」は「将来」のためにあるものでしかなくて、
「今」を犠牲にすることで「将来」を守ろうとしていた。

湊君が私の「将来」を心配してくれるのは嬉しい。
親にも同じことを言われた。

でも今私は、「今」を大切にすることの積み重ねで「将来」を作りたい、
そう思う。

だけどこれは私の考え。
私の勝手な決断。
だから湊君を巻き込みたくない。

「湊君。言ったでしょ?この子は湊君の子じゃないの。だから、湊君にとやかく言われる筋合いはない」
「先輩・・・」
「私のことなんだから、私の好きにさせて。私は産むの」
「・・・」
「ごめんね。私とは別れて」
「え?」
「だって、このまま私と付き合ってどうするの?私、湊君の子じゃない子供を産むのよ?」
「・・・」

湊君に、勝手に重荷を背負わせたくない。
周りに「あれは柵木湊の子供だ」と思って欲しくない。
そうなれば、私だけでなく湊君も学校を辞めないといけなくなる。

私はいい。
自分でそうしようと決めたんだから。
でも湊君にそんなこと強要できない。
ううん。強要しなくても、
優しい湊君なら、自分からそうしようとするだろう。

「俺の子なんだから俺も一緒に育てる」、
そう言い出しそうだ。

でもそれは、湊君の本心じゃないと思う。
湊君にだって夢はあるだろう。
私の夢に無理矢理つきあわせたくない。

「ふふふ」
「・・・先輩?」
「ううん、ごめんね。私、変わっちゃったなあ、と思って」

湊君が眉を寄せる。

「前なら、子供を産むために夢を諦めようなんて、絶対に思わなかったし、
子供ができるようなこと、絶対にしなかった。
でも今は、本当に子供を産んで育てたいの。これが私の夢になったの」
「・・・」
「すごいよね。私のお腹の中に赤ちゃんがいるんだよ?
自分にこんな日が来るなんて、それこそ夢みたい!」

強がりじゃない。
本当にそう思う。

湊君と出会うことなくアメリカに行き、MBAを取り、企業家になっていたなら、
私は誰かの妻や母になることはなかったかもしれない。
なったとしても、それは、
自分の人生に置いて「仕方のないネック」「遠回り」という位置づけだっただろう。

「私を変えたのは湊君だから、そう言う意味じゃ湊君にも責任があるわね」
「・・・どうやって育てるつもりですか」
「申し訳ないけど、しばらくは親の世話になるわ。子供が少し大きくなったら、働く。
アルバイトでも何でもするわ」
「・・・そんな」
「心配しないで。かっこいいママになるから」

私が笑顔でそう言うと、
暗闇でもはっきりとわかるくらい、
湊君の瞳が揺れた。

私に申し訳ないと思ってるんだろうか。
そんなこと、思う必要ないのに。
それとも、私と別れるのが辛いのだろうか。
それなら、私も少し嬉しい。


私は右手を差し出した。

「短い間だったけど、ありがとう。湊君に会えて・・・よかった」

湊君は俯き、私の手を握ろうとしない。
だから私は両手で湊君の手を握った。

「じゃあね、湊君。勉強、頑張ってね」

自分でそう言った瞬間、心の中に小さな穴ができた。
でもそれは、本当に小さな穴。

悲しくはない。
泣いてる暇もない。

だって、私はこれから母親になるんだ!
 
 
 
  
 
 
 
 
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