第3部 第10話
 
 
 
「健闘を祈る!」
「はい」
「骨は拾ってやるから、心置きなく戦って来い!」
「はい。赤ちゃんの骨も一緒に拾ってくださいね」
「任せろ!」

関が原の合戦に行く訳ではない。
校長先生に呼ばれて、校長室へ入るだけだ。

悲壮な面持ちの檜山先生を廊下に残し、
私は結構気楽に校長室へ入っていった。

だって、もう辞めるんだもの。
校長先生に何を言われても、別に気にしない。
校長先生も、私に何を言うつもりなんだろう。
去っていく生徒に激励でもくれるのだろうか。


「失礼します」
「どうぞ」

それでも、校長先生を目の前にすると、私は気が引き締まった。
この女傑と名高い
西園にしぞの校長は、
ビジネス雑誌の表紙に登場しそうな「キャリアウーマンのロールモデル」的人物だからだ。

実際には西園校長は、校長であって理事長ではないのだから、
経営者ではなく教育者なのだけど、
35歳で校長(若すぎ!)、独身、美人、と3拍子揃えば、
なんとなく「キャリアウーマン」というイメージに繋がる。

以前は私もこんな女性になりたいって憧れていたっけなあ、
と、ほんの1ヶ月前のことを昔のように思い出す。

もちろ学園内でしょっちゅう西園校長を見てはいるけど、
こんなに近くで見るのは初めてだ。
ましてや、2人きりだなんて。

「高等部3年1組の小倉亜希子です」
「知ってるわ。おかけなさい」

妊婦の私は遠慮なく座らせて頂く。
校長も私の向かいに座った。

「妊娠したんですって?」
「はい」
「相手はうちの生徒かしら?」
「いいえ」

私がポンポンと答えを返すと、
校長は私を値踏みするかのように目を細めた。

「随分と悪びれないのね」
「悪いことをしたとは思っていませんので。でも、校則には反するので退学します」
「そう、校則に反するから退学するのね?・・・あなたはもっと賢い生徒だと思っていたわ」
「ご期待に沿えず、申し訳ありません」

頭を下げる。
ところが。

「何か誤解しているようだけど。賢いって言うのは、妊娠なんかしない、っていう意味じゃないわよ」
「え?」

校長の言葉に顔を上げると、
校長はため息をついてソファから立ち上がり、大きな仕事机の椅子に腰を下ろした。

「あなた。ここの校則は知ってる?」
「・・・海光の風紀・評判を損なえば退学」
「そうね。じゃあ、どうしてそんな校則があるか知ってる?」

どうして、って・・・

「えっと。生徒が自主的に考え行動するように」

ですよね?
ずっとそう思ってたんだけど。
私以外の生徒も、そう思ってるけど。

校長はまたため息をついた。

「やっぱり、あなたはあんまり賢い生徒じゃないようね」
「・・・」

6年間学年トップの生徒を捕まえて言う言葉か。
まあ、結局退学するんだけど。

「じゃあ聞くけど、あなたはもしこの校則がなかったらどうする?」
「え?」
「勉強なんかせず、遊びほうける?」
「・・・いえ」
「他の生徒は?」
「・・・そんなことない、と思います」
「そうよね。そんな生徒は最初からこの学園には入学できないわ」

何が言いたいんだろうか。

校長はフッとニヒルな笑いを浮かべた。

「だから、本当は校則なんて1つも必要ないの。風紀や評判を損なったら退学、なんて校則も」
「・・・」
「でも、校則無しとなると、保護者に示しがつかないからね。
適当に1つくらい作っておくか、ということでこの校則があるの」

は?

「そうなんですか?」
「そうよ。それに『校則無し』より『たった一つの校則』っていう方がかっこよくない?」
「か、かっこいい?」
「ええ」
「・・・」

いたずらっぽくそう言う校長。
この校長、結構変わった人かも。

「だから、別に何をしても退学になんてならないわ。あ、でも、警察に捕まったら、
少し考えないとね。授業に出れないわけだし」
「・・・」
「そういう訳だから、あなたも辞める必要ないの。辞めたいなら辞めていいけど」
「・・・」

なんと筋が通っていて、なんと理想的なのか。
だけどそんなので、学校という組織が成り立つんだろうか。

いや、無理だろう。
普通の学校なら。
でも、ここは海光という、かなり特殊な学校だ。
海光の生徒なら、野放しにされたとしても、ちゃんと自分を律することができると思う。

「あれ?でも、私の同級生でも4人くらい退学になっている生徒がいます」

そう。
入学したときは50人いたけど、今は46人だ。

「それは本当に自主退学。学校から『あなたは退学』と言った訳じゃないわ」

自主退学!?
海光に入学しておきながら!?

「どうして自主退学なんか・・・!?」
「あなたも自主退学するんじゃないの?」

あ、そうでした。

校長はちょっと芝居がかった風に首を振った。

「自由というのは難しい物なのよ。
自分で考え、自分で行動し、自分で責任を取る。それが自由。
だから海光では一応1つ校則はあるけど、生徒を自由にさせている。
ある意味、校則だらけの学校より遥かに厳しいわ」

それは・・・分かる気がする。
特に生徒会をやっている私は余計にそれを感じることがある。

全てを自分達で決めなくてはいけない。
大人は一切手助けをしてくれない。

自分達が作ったルールで問題が起きたら、それは自分達の失敗、
だから自分達で解決しないといけない。

こんなに厳しくて大変なことはない。

「残念なことだけど、海光の中にもそういう『自由の厳しさ』に耐えられない生徒もいるの。
そういう生徒達は、自ら『普通の学校へ行きたい』と言って海光を辞めるわ。
もちろん、私もそれを止めはしない」
「・・・」
「だからさっきも言った通り、私はあなたを退学にするつもりはない。
いたいならいればいいし、卒業もすればいい。
ただし、好奇の目に晒される覚悟があるなら、だけどね」
「・・・」

校長は、机の引き出しからバインダーを取り出して広げた。

「さ、もう行っていいわよ。後はあなたが自分で決めなさい」
「はい・・・あの、ありがとうございます」
「何が?」
「・・・いえ。失礼します」


私は、なんだかフワフワした気持ちで、
校長室を後にした。
 
 
  
 
 
 
 
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