第3部 第13話
 
 
 
「本当に湊さんの子じゃないんですか?」
「・・・うん」

月島君の声は小さいままだけど、
明らかに怒気を含んでいる。

「ひどいじゃないですか」
「・・・」
「湊さんがかわいそうですよ」

少し月島君の声が震える。
ハッとして顔を上げると、鋭い目に出会った。

「小倉先輩が誰を好きになろうと勝手ですけどね。
他の人のとこに行くなら、その前に湊さんと別れるべきでしたよ」
「・・・」

月島君は私の言葉をそのまま受け取ったようだ。

私がそうさせたのだし、私はそれを望んでいたはずだ。
これからお腹が大きくなれば、私が妊娠していることはみんなに知れる。
その時にも「この子は湊君の子じゃない」と言い張るつもりだ。

でも、そうすれば、私はみんなからこういう目で見られるんだ。
そして湊君も「かわいそうに」という目で見られるんだ。

喉に苦い物が込み上げてきて、
私は再び俯いた。

「そうだよね・・・湊君に、悪いことしちゃった」
「・・・」

月島君は一気にお皿を空にすると、
何も言わずに立ち上がって、学食を出て行った。






私、よく学食に1人で置いてかれるなあ。

屋上でボンヤリと空を見上げる。
飛行機雲がくっきりと空に線を残していた。

飛行機雲が綺麗に見える日の翌日は、雨らしい。
じゃあ、明日も雨なのかな。

そんなどうでもいいことが頭をよぎる。


私はよく、「お高くとまってる」ように見られるから、
私のことを好意的に思わない人も多い。
でも逆に、本気で憎まれたり怒られたりするようなこともなかった。

だけどさっきの月島君の目。
あれははっきりと私のことを怒っていた、ううん、憎んでいた。

あんな目で見られたのは初めてだ。

大したことじゃない。
そう、大したことじゃ・・・

私は膝を抱えて息を吐いた。

胸が苦しい。
私、ショックを受けてるんだろうか?
人から憎まれる、ということにショックを。

西園校長が言っていた。
好奇の目に晒される覚悟があるなら学校に残ればいい、と。

好奇の目というのは「あの子、妊娠してるらしいよ」という、
後ろ指を差すような視線のことだと思っていた。
もちろんそうだろう。
覚悟もしている。

だけど、湊君のことを好きな人達は、私のことを好奇の目だけではなく、
憎悪の目でも見るんだ。

少し考えれば分かったことなのに・・・
そんなことにも笑って耐えなきゃいけないのに・・・
どんなことがあっても平気だと思ってたのに・・・


私、本当に子供と2人でやっていけるんだろうか。
「未婚の母」を見る視線に耐えられるんだろうか。


「湊君・・・」

私は息を吐きながら呟いた。

湊君。
湊君は今、何を思っているんだろう。

あの貼紙を見て、アメリカ行きを決めただろうか。
それなら、私が別れを切り出したのは無駄じゃなかった。

いっそ、遠くに行ってほしい。
私が後悔してももう手が届かないくらい遠くに。

そうすれば、嫌でも諦められる。


空を見上げて目を閉じていると、
遠くにチャイムの音が聞こえた。

授業をさぼったのは、生まれて初めてだった。







私が妊娠しているという噂は、
私のお腹が大きくなるまでもなく、すぐに広まった。
元々知っていたのは湊君と春美ちゃんと月島君。
3人とも他人に話すとは思えない。
多分、教師の間から広まったのだろう。

体育の授業に出られなかったり、
他にも学校生活を送る上で、気をつけないといけないことが出てくるから、
西園校長が教師達にきちんと発表したのだと思う。
実際、私に色々と気を遣ってくれる先生は多い。
朝礼の時、椅子に座らせてくれたり、掃除を免除してくれたり。

それと同時に、私は正真正銘の「好奇の目」に晒された。
特に受験生である同級生達からのそれは酷かった。


「ねえ、小倉さん。妊娠してるって聞いたんだけど、本当?」
「ええ」

放課後、席で本を読んでいるとクラスメイトの女の子達が私に近寄ってきた。
明らかにいい雰囲気ではない。

「小倉さんて前、1年の柵木って生徒と付き合ってたよね?あのピアスの」
「・・・うん」
「あの子の子供なの?」
「違うわ」
「・・・へぇー」

得たりとばかりに、一番前に立っていた加賀さんという女子生徒が笑った。
1組の女子のリーダー的存在だ。

「小倉さんは真面目な生徒だと思ってたんだけど」
「・・・」
「留学するんじゃなかったの?」
「やめたわ」
「受験は?」
「しない」

とたんに、加賀さんの顔から笑みが消えた。

「どうやって先生に取り入って退学を免れたのか知らないけどね、だったら学校も辞めなさいよ。
私たち、必死で勉強してるのよ。
あなたみたいに受験も勉強もせずにボーっとしてる生徒がいると、邪魔なのよね」

勉強はしてるわよ、
なんなら加賀さんの志望校、受けようか?
簡単に受かってみせるわよ?

そう言いたかったけど、火に油を注ぐようなものだと思いとどまる。

それに私は母親になるのよ。
そんな嫌味を言うママ、いやだよね?

お腹に手をあて、自分を落ち着けた。

「・・・ごめんね。授業の時以外は、寮にいるようにするから」

私は本を鞄にしまうと、帰り支度を始めた。
加賀さん達は、「ふんっ」といった感じで私を睨む。

幸い、とでも言おうか、
3年生の教室は、湊君のいる1年生の教室とは階が違う。
だから湊君はもちろん、湊君の友達と会うこともない。
最近は、学食に行くのも控えてるし。

お陰で、前の月島君のような視線で見られることはないけれど、
同級生のこの軽蔑とも
ねたみともとれる視線は、結構堪える。

お互いのためにも、本当に寮に閉じこもっていた方が良さそうだ。


私は鞄を抱え、急いで教室を飛び出した。
 
 
 
 
 
 
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