第3部 第21話
 
 
 
リムジンが音も無く止まり、すぐに扉がスッと開かれた。

「到着いたしました」
「あ、ありがとうございます」

私たちは車を降りて・・・目を疑った。

そこには教会が建っていた。
日本のような「結婚式専用の教会」ではなく、
いかにも日曜日にミサが催されていそうな「町の小さな古い教会」。
でもその前には、とてつもなく大きな庭・・・というより牧場のような緑が広がっていた。
いや、正確には緑が広がっていたというより、人間が広がっていた。
広い広い庭を埋め尽くす、大勢の人間。
それも、春美ちゃんの大学のお友達、といった感じの人は少なく、
ほとんどが重役風の社会人。

さすがは、ジュークスのお偉いさんの結婚式だ。

「僕、やっぱり制服じゃなくてスーツで来たほうがよかったですかね?」

月島君が庭を見渡しながら、私に訊ねた。

「ううん。月島君は高校生なんだし、それでいいと思うよ。
春美ちゃんも、久々に海光の制服を見れて喜ぶだろうし」

そう言う私も、息子対策でそんなにきちんとしたドレスじゃない。
家でも洗濯できるような、シンプルなワンピースだ。
でも、それでいて上品さが漂うワンピースでもある。

もう2年以上交流があるショップ店員・美貴さんのセレクトだ。

ちなみに息子も、一応子供用のスーツなんか着てるけど、既にドロドロ。
今も、地面にしゃがみこんで蟻の行列に見入っている。
これじゃ、しばらくここから動かないだろう。


私は庭全体を見渡した。

本当に凄い人数だ。
でも、広い庭のお陰で、窮屈な感じはしない。

この中から、来ているか来ていないかも分からない人一人を見つけるなんて、
とてもじゃないけど・・・

「先輩。教会で親族だけで式をした後、ここでパーティなんですよね?」
「うん。春美ちゃんに会えるのはパーティの時ね」
「まだ1時間以上ありますよ。僕、ここで蟻の観察してますから、
先輩は庭を1人で『見学』しに行って、いいですよ」
「・・・うん、ありがとう」

私は月島君のお言葉に甘えて、
蟻観察2人組を残し、パーティ会場である庭の中へと入って行った。


本当にここにいるんだろうか・・・
湊君が。


春美ちゃんから聞くところによると、
アメリカの学校の卒業式は8月だけど、
交換留学生である湊君は、この3月にアメリカで高校を卒業した。
扱いとしては、海光学園高等部を卒業したことになるらしい。
(もちろん、去年の3月に春美ちゃんもこっちで卒業している)

そして、4月から春美ちゃんの旦那さんの会社であるジュークスで働き、
同時に9月からは大学にも通う予定だそうだ。

本当に頑張ってるんだなあ・・・

だけど、春美ちゃんの旦那様と湊君の折り合いが悪いらしく、
春美ちゃんは心配している。
今日のパーティにも湊君を招待はしたけど、来てくれるか分からないそうなのだ。

湊君て、誰とでも仲良くできると思ってたんだけど・・・
月島君とも「折り合いが悪い」けど、それはお互いわざとそうしているところがある。

でも春美ちゃんの結婚式にも来ないなんて、本当に仲が悪いのかもしれない。

湊君、そんな人の下で働くなんて大丈夫かな?
あんまり無理してほしくないんだけど・・・


とにかく、そういう事情で、今日ここに湊君が来ているかどうかわからない。


ざっと会場を見て回った感じだと、湊君の姿はない。
でも、パーティが始まるまで時間があるから、まだ来ていないだけかもしれない。

私が来ることは知ってるのかな?
だったら、春美ちゃんの旦那様のことはともかく、ここには来てくれそうなものだけど・・・


この会場のどこかに湊君がいるかもしれない。
そう思うと、胸がドキドキし、それと同時に一種の恐怖感が生まれる。

湊君がアメリカに行ってちょうど2年。
湊君は今私のことをどう思ってるんだろう。
もうなんとも思ってないかな?
子供のことはどうだろう・・・

そんなことを考え出すと、いっそこのまま会わずに帰ろうかと思うほど怖くなる。

もし湊君が、本当に私のことをなんとも思ってなかったら・・・

この2年、湊君のことを待っていたわけではない。
湊君は「いつか迎えに行く」と言ってくれたけど、
私はもう湊君とは二度と会わないつもりで、生活してきた。
だって、待っていて迎えに来てくれなかったら、辛いから。

それでいて、こうやっていざ会えるかもしれないとなると、
探さずにはいられない。


湊君・・・
会いたい。
一言、話したい。
ただ「こんにちは、久しぶり」だけでもいい。


湊君・・・


その時、前から派手なドレスを着た若い女性を連れた、
初老の男性が歩いてきた。
2人だけなら特に目を惹かないけども、どうやらその男性は著名人らしく、
マスコミが周りを取り囲んでいる。

凄い。
春美ちゃんの旦那様はこんな人とも知り合いなんだ。

その「ご一行様」は私の右側から、真っ直ぐ私の方へと向かってきた。
避けようにも、ちょうど私は庭の端に立っていて、その後ろはかなり急な坂になっている。
後ろには避けられない。

ならば、前進して彼らの前を突っ切ろうか・・・
でも、低いけど一応ヒールを履いてるから、走れないな。
地面は柔らかい芝だし。

オロオロしてる間にも、騒がしい人の塊が近づいてくる。

もう、立ったままやり過ごそう。
ちょっと足とか踏まれるかもしれないけど、仕方ない。


そう思った時。


突然私は後ろから手を引かれ、
坂を落ちるようにして庭から姿を消した。
 
 
 
  
 
 
 
 
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