第4部 第4話
 
 
 
さすがに先輩を1人で家に残していくのは申し訳なくて、
俺と先輩は一緒にパーティ会場へ戻った。

案の定、酔った招待客たちで会場は大賑わい。
俺と先輩は、その会場に近づくにつれ、
「この中からどうやって探そうか」と頭を悩ませた。

が、幸いなことに、その必要はなかった。
パーティ会場の入り口に、見慣れた制服姿の男が立っていたのだ。

海光の高等部の制服だ。
懐かしい・・・

「月島?」
「先輩!湊さん!遅いです!!」

制服を見て、月島だろうなとは思ったけど、
俺はちょっと驚いた。

随分大人っぽくなってやがる。

多分、俺たちが見つけやすいよう、ここで待っていてくれたんだろう。

「全く、何やってたんですか!ああ、ナニやってたんですね」
「・・・」

見た目は変わっても中身は全然変わってねー!

「お前、もうちょっと他に言うことないのかよ?」
「えー?じゃあ、ヒサシブリのご感想は?」

こいつは・・・

先輩が赤くなって俯く。
先輩をいじめるな。

ていうか、月島とも一応2年ぶりの再会なんだぞ。
なんだこの、昨日まで毎日会っていました的な雰囲気は。
お互いもうちょっと「感慨深さ」みたいなのはないのかよ。

まあ、そんなもの月島に求めても無理だけど(俺にも)。


月島はしゃがみこむと、足元で丸まっている「何か」をひょいと抱き上げた。

「奏。お前のパパだぞ。全然パパっぽくないけど」

するとソレは、泥んこの顔の中の大きな瞳を更に大きく見開いて、俺を見た。

俺は、雷に打たれたように固まった。

これが奏?
これが先輩の、俺の、子供?

奏は黒目がちな瞳で不思議そうに俺をしげしげと見つめ、
それから先輩の方を見た。

「パパ?」

まだ幼いから言葉をあまり話せないのだろうけど、
「パパ?」という言葉の裏に、
「この人、僕のパパなの?僕にはパパはいないんじゃなかったの?」という意図が読み取れる。

その何の下心も無い純粋な疑問にこそ、
今までこの子が父親なしで育ってきたということがはっきりと表れていて、
胸が痛んだ。

奏にとっては、父親がいないのが当たり前だったんだ。
普通は、父親がいるのが当たり前なのに。

俺は、そんな「普通」を奏から取り上げてしまっていたんだ。


先輩が奏に向かって頷いた。

「そうよ。この人が奏のパパ。今までお仕事でちょっと会えなかったの。
はじめまして、だね」

先輩がそう言うと、奏は先輩の言葉の意味を分かっているのか分かっていないのか、
「ふーん」という表情になった。

「ほら、奏。パパのところに行ってみろよ」

月島が俺に奏を手渡す。

俺はどうやって抱けばいいのか分からなかったけど、
奏の方から俺の首に抱きついてきた。

そしてまた俺の顔をじーっと見つめて・・・

「パパ」

と笑顔で言った。

「・・・うん」
「パパ」
「うん」

奏がキャッキャッと声を立てて笑う。

でも俺は・・・
やばい。
月島がいなかったら、また泣いてたかもしれない。

「あれ?湊さん、泣かないんですか?」
「な、泣くわけないだろ!」
「泣きそうな顔してますよ?」
「してない!」

あ。
「さっき泣いてたくせに」って先輩が言い出したらどうしよう。

そう思って、奏を抱いたまま先輩の方に振り返ると、
なんと先輩が泣いていた。

「先輩?」
「・・・ううん、ごめん、ちょっと・・・」
「・・・」

そうか。
先輩も俺が奏を抱く日を夢見ていたのだろう。

さすがに俺も貰い泣きしそうになり、
奏をぎゅっと抱き締めて誤魔化す。

・・・温かくて柔らかい肌だ。

先輩の肌も温かくて柔らかいけど、それとはまた違って・・・

俺は、泥だらけの奏の頬に頬ずりした。
プニプニしてて、思わず顔がほころぶ。

なんて気持ちいいんだろう。
なんて可愛らしいんだろう。

泥の匂いも汗の匂いも、全てが愛おしく思える。

初めて会ったのに、俺、ちゃんと奏のことを自分の子供と思えているんだろうか。
それとも、誰の子供でも「子供」というだけで可愛いんだろうか。

でも、そんなことどうでもいい。
とにかく、可愛い。

「そうだ、先輩。坂上先輩が怒ってましたよ?ちょっとくらい会いに来てよ!って」
「あ!いけない!」

月島の言葉に先輩はビックリして涙を拭いた。

「湊君。私、春美ちゃんのところに行くね」
「どうぞ。俺は奏と遊んでます」

先輩は苦笑いすると、パーティ会場の中心に向かってパッと駆けて行った。

「かなでー。はあ、かわいい・・・なあ、俺と似てないか?」
「何、いきなり親バカになってるんですか。似てません」
「そうか?ほら、目の辺りとか」
「似てません。奏は先輩似です」

それはそれで可愛いぞ。

「湊さん。父親なら奏のデータを頭に入れて置いてください」
「お、おう」
「3月22日生まれの2歳。血液型はA型。好きな食べ物はうどん、嫌いな食べ物はピーマン。
それと・・・」
「ちょっと待て」

3月22日生まれ?
それって。

「今日、誕生日なのか!?」
「いえ、昨日・・・あ、そっか。時差があるからこっちは今日が3月22日ですね」

俺は改めて奏を抱き締めた。

「2歳の誕生日おめでとう、奏!」
「たんじょーび」
「そうそう。誕生日。何か欲しいものあるか?」
「あんまんまん」

あんまん?
そんなもの、2歳児が食べられるのか?
ていうか、アメリカに売ってるのかな?

「あんまん、じゃありません。アンパンマンのことです、アンパンマン」

月島が通訳する。
なるほど。アンパンマンか。

「奏はアンパンマンに出てくるホラーマンが好きなんですよ」
「ホラーマン?」
「知らないんですか?」

月島が馬鹿にしたように俺を見る。

知ってるわけないだろう。
アンパンマンで知ってるのは、アンパンマンとバイキンマンくらいだ。
月島だって、奏がいなかったら絶対知らないくせに。

・・・ってことは、月島はそれだけよく奏と遊んでくれていたってことか。

「面白いガイコツのキャラクターなんです」
「ふ、ふーん、ガイコツね」

俺の頭の中に、海光の生物室にある骸骨の標本が浮かぶ。

変わった趣味だな・・・
でも、奏が嬉しそうに「ホリャーマン、ホリャーマン!」と言うのを聞いていると、
見知らぬホラーマンまで可愛く思えてくる。

「よし、じゃあホラーマンのおもちゃ、買ってやるよ」
「きゃあ!」

月島が呆れたような笑顔でため息をついた。
 
  
 
 
 
 
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