第2部 第1話
 
 
 
 
俺は電話を放り投げると財布を掴み、家を飛び出した。

「どこ行くの!?」というお母さんの声が俺の背中を追いかけてきたけど、
今はそれに答える時間すら惜しい。

別に、何かから逃げてる訳でも、何かを追いかけてる訳でもない。
時間に間に合わない、とかでもない。

ただ、今すぐに行きたいんだ!


駅の階段を駆け上がり、券売機で切符を買う。
財布には大した金は入ってない。
次の4月からは大人料金だから足りないけど、
今はまだセーフだ。

俺は子供用の切符を買うと、また走って改札を抜け、ホームに下りた。

タイミングよく、電車が来る。
走った甲斐があるってもんだ。
神様、サンキュー。

・・・いや、本当に神様がいるなら、こんなことよりもっとやってほしいことがある。


目的の駅までは、ほんの15分ほど。
でも、今は1時間にも2時間にも感じる。

ようやく電車を降りたのは、もう真夜中で・・・
なんてことはない。
まだ4時だ。

そうだよな。
友達んちから帰ってすぐに電話がかかってきて、家を飛び出したんだから。


電車から降りるとまた猛ダッシュだ。

そう言えば今日、学校で「師走」って習ったっけ。
12月ってのは、普段落ち着いてて走ることのない教師でも走るくらい忙しい、
だから「師走」って言うらしい。

でも、この話を聞いた時、俺は1人で爆笑した。
「普段落ち着いてて走ることのない教師」だって?
んじゃ、いっつも走り回ってる真弥はどーなるんだ。

ま、あいつは教師の中でも特殊かもしんない。

あいつも今は、普段以上に走り回ってるのかな?
なんたって「師走」だもんな。

でもこの数日は、大人たちにとって師走の中でも特に忙しい時期なのかもしれない。
クリスマスの片付けと正月の準備。
俺のお父さんとお母さんも忙しそうだ。

そうそう、俺のお父さんは、真弥の上司だったっけ。
教師らしく「普段落ち着いてて走ることのない」人だ。
もっと真弥をちゃんと教育してやれよな。


人間、焦ってると逆にどうでもいいことを考えるものだ。
俺も、そんなどーでもいーことを考えているうちに、目的地に辿り着いた。


港中央総合病院。


勢い良くロビーに飛び込む。
何号室かは聞いていた・・・が、
こんなデカイ病院でたった一つの個室を探すのなんて、
無力な小学6年生にはキツイ。
俺はすぐさま白旗を揚げて、受付のねえちゃんに助けを求めた。

そのお陰で、ものの5分もしないうちに、俺はその個室の前に立つことができた。
でも、せっかくここまですっ飛んできたのに、俺の手はなかなか扉に伸びない。

もし、ベッドの上で沢山の管に繋がれてたらどうしよう。
口も利けないような状態だったらどうしよう。
俺が入った瞬間、生命維持装置みたいなのが、ピーピーって鳴って医者が走ってきたら・・・


ところが。
部屋へ入る覚悟をしかねてたら、思わぬことが起きた。

扉が勝手に開いたのだ。

自動ドア?
そんなわけないか。
中から誰かが開けたんだ。

しかもその「誰か」は、俺がてっきり管で繋がれてると思っていた人だった。

「和歌さん!!」
「あれ?歩君?どうしてこんなところにいるの?」

いるの?、じゃねー!!!

でも・・・
とにかく俺は安心した。

和歌さんは1人で歩けるような状態ではある訳だ。



部屋に入ると、和歌さんはベッドに横になった。
俺は、その横の椅子に座る。

「和歌さんが入院したなんて聞いたから、俺ビックリしたよ」
「ごめんね。・・・先生から聞いたの?」
「うん」

そうだ。
真弥のヤローが、
「月島が入院してて、来月手術するために遠くへ行くから一度見舞ってやってくれ」
なんてゆーから、俺はてっきり、
和歌さんが富士の病、じゃなかった、不治の病にでもなったのかと思ったんだ。

だけど、和歌さんの顔色はいい。
不治の病って感じじゃなさそうだ。

それでもこうやって病院のベッドなんかに寝ていると、
普段より弱々しくみえる。
それにちょっと・・・

「和歌さん、痩せたね。ただでさえ細いんだから、ちゃんと食えよ」
「うん、少し食欲なくて」

和歌さんは細い割りに良く食う。
しかもキャラに似合わず大の肉好きだ。
その和歌さんが「食欲ない」なんて・・・
やっぱり結構大きな病気なのかもしれない。

「手術するんだって?いつ?」
「1月16日。でも大阪の病院だから、1月5日に転院するの」
「そっか・・・」

何の病気なんだろう。
聞いていいものなのかな?

少し悩んだが、やっぱり聞かずにはいられない。

「その、なんで・・・入院することになったの?」

和歌さんは力なく微笑んだ。

「心臓にちょっと欠陥があるの」
「えっ、心臓?」

心臓と聞くだけで、それってやっぱすげー病気なんじゃ、と思ってしまう。

「生まれつきらしいんだけどね、ずっと気づかなかったの。日常生活に支障があるような欠陥じゃないし。
確かに子供の頃から、よく心臓辺りがキュッと締め付けられる感じはあったんだけど
まさか心臓に欠陥があるとは思わなかったし、
これくらいの痛みはみんなも感じてるものだと思ってたから、親にも言ったことなかった」

真弥によく言われるが、「元気の塊」みたいな俺には、
心臓が痛いなんて感覚、想像もつかない。
でも、ずっとそれを味わってきた和歌さんには、当たり前のことだったんだ。

「だけど今年の4月に少し大きな発作を起こして、倒れちゃったの。で、検査して・・・」

4月?
8ヶ月も前じゃん!

そう言えば、ここんとこずっと和歌さんに会ってなかった。
真弥とはちょくちょく会ってたけど、和歌さんは一緒じゃなかったし、
和歌さんの話題も出なかった。

大して気にしてなかったけど、まさかこんなことになってたなんて・・・。

「じゃあ、8ヶ月間ずっと入院してたのか?」
「ううん。ずっと手術の順番待ちをしてたの。大阪に腕のいいお医者さんがいるんだけど、
凄く人気があるから。入院したのは昨日よ」
「そうだったんだ・・・手術したら治る、よな?」
「うん」

よかった・・・

俺は胸をなでおろした。

それにしても真弥のやつ、何で俺に言わねーんだよ。
俺にとって、真弥は兄貴みたいなもんで、和歌さんはお姉さんみたいなもんだ。
真弥だってわかってるはずなのに。

まあ、多分、俺に心配かけたくなくて、
せめて手術の日程が決まるまで黙っておこうとか思ったんだろう。

でも、治るんだ。
それならいいや。

「1月5日に大阪に行くんだよな?新幹線?」
「うん」
「じゃあ、その日か前の日に、真弥とまた見舞いに来るよ」
「・・・」

和歌さんが何故か黙り込む。

「どうかした?」
俺がそう聞くより先に、別の声が後ろからした。


「来るな」
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
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