第2部 第6話
 
 
 
「とりっくおあとりーと」
「は?」
「トリックオアトリート」
「もう一回」
「トリック・オア・トリート!」
「ああ、Trick or Treat、な」

数学教師のくせに、発音いいな、くそっ。

俺はムスッとして、手を差し出した。

「・・・なんだ、この手は」
「イタズラされたくなけりゃ、よこせ」
「お菓子を?」
「お年玉に決まってんだろ」
「・・・取り合えず、中に入れ。寒い」

あれ以来会うのは初めてだけど、
真弥は全くいつもと変わらず俺を家の中に入れ、梅昆布茶を出してくれた。
真弥らしい。

「たく。Trick or Treat、ってハロウィンだろ。ほら、お年玉」
「なんだ、ちゃんと準備してんじゃねーか」
「・・・してなかったら、暴れるだろ、お前は」

そう言えばそんなこともあったなー。

「なんか、いつもより薄っぺらくねーか?」
「どこまで図々しいんだ」

だって、毎年千円札が3枚入ってるのに、
今年のは妙に薄い。

袋から取り出してみると・・・薄いはずだ。1枚しか入ってねー。
さては、「見損なったぞ」とか言ったから、根に持ってやがるな?
ちっちゃい男だ。

「って、うわ!5千円札だ!!」

俺は思わず透かしを確認した。

「本物だ!」
「当たり前だろ」

うわー!やったあ!!
やっぱり真弥はちっちゃくねえ!

「歩も今年から中学生だしな」
「やった!サンキュー!」

俺は急いでそれをポケットに入れようとしたが・・・
やめた。

どうせ今からすぐに使うんだ。

梅昆布茶をグイッと飲み干すと(熱ちい!!)、俺は壁にかけてあった真弥のコートを取った。

「行くぞ!」
「は?どこに?」
「下に待たせてあるんだ。早く!」
「え?」

俺は真弥の手を引っ張って強引に外に連れ出した。
そして、エレベーターで一階に降り、マンションの目の前に止まっているタクシーに真弥を押し込み、
俺自身もタクシーの中へ飛び込んだ、
と、同時にタクシーが動き出す。

「歩!タクシーなんかでどこ行くんだよ!俺の車で行けば・・・」
「俺に運転させてくれるならそれでもいいけどな」
「俺が運転するに決まってるだろ」
「それだと、いつまでたっても目的地に辿りつけねーからな」
「・・・どこに行く気だ?」

そう言いつつ真弥は、タクシーがどこへ向かっているのかもう予想がついているようだ。

当然だよな。
今日は1月5日。
和歌さんが大阪へ発つ日だ。

「歩・・・東京駅に行くつもりか?」
「もちろん」

真弥の運転じゃ、グダグダ言って車が進まないかもしれない。

「だったら、タクシーじゃなくて電車でいいだろ」
「電車だと、途中で逃亡の恐れがあるからな」
「・・・」

真弥は諦めたのか、シートに深くもたれた。
そしてぼんやりと窓の外の景色を見る。


この1週間ほど、
お父さんに言われたとおり、俺なりに考えてみた。
でも、子供の俺が、大人の真弥や和歌さんにしてやれることなんて、そうそうあるはずもなく。
現に、勝手に怒って真弥の家を飛び出したのにまたこうやって勝手に家にやって来た俺を、
真弥は怒るでもなく笑うでもない。

やっぱり真弥は大人で、俺は子供なんだ。

そんな俺にできること。
それは・・・

「真弥を強引に東京駅に連れて行くことだ!!!」
「な、なんだよ、急に」

真弥が驚いて、俺の方を見る。

「グダグダ悩んでんじゃねー!8ヶ月も何ぼやぼやしてたんだ!バカヤロー!」
「ぼ、ぼやぼやしてた訳じゃ・・・」
「そんなんじゃ、和歌さんを他の男に持ってかれるぞ!
真弥、和歌さんが8ヶ月間も1人でお前のこと待ってたと思ってんのか?」
「え?」

真弥が固まる。

「自惚れんな。ノエルから聞いたけど、大学の男とかが何人も見舞いに来てたらしーぞ」
「・・・まさか」
「バカだなー。今までずっと真弥がいたから他の男が寄り付かなかったけど、
和歌さんみたいに綺麗な人が1人でいたら、そりゃ男はほっとかないだろ」
「・・・」
「そんな動揺すんなら、最初っから離れたりすんなよな」
「あ、ああ」

かわいそうなくらい、焦ってる真弥。
ぷぷぷ、おもしれー。
ま、そろそろ許してやるか。

「嘘だよ」
「え?」
「だから、嘘。和歌さん、心臓のことはほとんど誰にも話してないらしい。
12月に入るまで、大学も普通に通ってたって」
「・・・お前な」

真弥が本気で俺を睨む。

「でも本当に、この8ヶ月の間に和歌さんが他に男を作っててもおかしくねーだろ。
真弥より真剣に、子供ができなくてもいいって言ってくれるような男を」
「・・・」
「もしそうだとしても、真弥には文句言う権利はないぞ。
和歌さんと別れるってことは、和歌さんが他の男と付き合っても文句言えねーってことなんだからな」

真弥はちょっと険しい表情で、ゆっくり頷いた。
どうやら、和歌さんが他の男と一緒にいるかも、なんてこと、微塵も考えてなかったみたいだ。
和歌さんは自分に惚れてて、他の男のとこに行くなんて絶対にない、って思ってるんだ。

ほんと、自惚れ屋だな。

でも、俺もそう思ってる。
和歌さんが真弥以外の男のとこに行くなんて、ありえない。
そして真弥もまた、和歌さんに惚れていて、他の女のとこに行くなんて、ありえない。

そんな2人だから、お父さんの言った通り「大丈夫だ」。



タクシーはゆっくりと東京駅の前に止まった。
 
 
  
 
 
 
 
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