≪おまけ1≫お兄ちゃんのプロポーズ
 
 
 
9月の涼しい夕暮れ道を、
俺とヒナは並んで歩いていた。

「月島さん、綺麗だったね」
「そうだな」

いつもの調子なら、俺の「そうだな」は適当な相槌だけど、
今日は違う。
俺も心からヒナと同じ気持ちだ。

今日の月島は本当に綺麗だった。

元々美人だし、特に今日はウエディングドレス姿だったから、というのもあるけど、
何よりその幸せそうな表情が「綺麗」だった。

そして、本城先生もそういう意味でかっこよかった。
いや、あの先生はいつもかっこいい。
顔だけじゃなく、人としても。

高校最後の1年、先生のクラスになれて本当によかった。
数学だけじゃなく、色々学ぶことができた。
特に、2学期の終業式の日に先生がしてくれた話は、今でも鮮明に覚えている。

そうだ。
いい先生、といえば、あの先生も数学の先生だっけ。

「ヒナ。あの森田って奴だけど、」
「ああ、舞ちゃんの彼氏?」
「違う!彼氏じゃない!」

そう、断じて舞の彼氏なんかじゃない!

「ふふ、そう?近々そうなると思うけど」
「俺は思わない!・・・とにかく、森田先生って覚えてるか?
高校の時、本城先生と一緒に数学教えてくれてた森田先生」
「うん。覚えてるよ」
「あの森田って、森田先生の息子らしい。舞が言ってた」
「ええ!?そうなの!?」

ヒナはしばらく考えてから「似てないね」と言った。
そりゃそうだろう。
再婚相手の連れ子なんだから。

「そっかあ・・・森田先生の・・・あれ?」

ヒナが首を傾げた。

「そう言えば今日、先生、森田君のこと、歩って呼んでたよね」
「そうだっけ?」
「うん。歩って・・・ああ!そうだ!」
「な、なんだよ、急にデカイ声だして」
「ほら!高3の時!本城先生にボーリングに連れて行ってもらったことがあったでしょ?」
「え?・・・ああ、そう言えばそんなことあったな」

正確には先生に連れて行ってもらったんじゃなくて、
俺らが強引に連れて行かせたんだけど。

「あの時、先生、小学生の男の子を連れてきたじゃない?あの子も歩君って名前だったよ」
「えっ」
「私、あの時その子とペア組んでゲームしたから覚えてる。確かに歩君だった」

俺も覚えてる。
小学生のくせに、生意気でしっかりした奴だなと思ったから。

あの時の子供が、森田歩!?
舞の彼氏、じゃなかった、クラスメイト!?

そうか。
先生はあの小学生を自分の弟みたいに可愛がっていた。
だから、森田は先生のために結婚式なんて凄いものを用意したのか。

「披露宴無しとは言え、あれだけの準備、大変だったろうね」
「・・・そうだな」

悔しいが、今度も心からの同意だ。

俺はもちろん結婚式の準備なんかまだしたことないけど(断られたから)、
俺の周りには、結婚したやつもちらほらいる。
その話を聞くだけでも、結婚式の準備というのは物凄く大変そうだ。

金も時間も労力もいる。
高校からの友達の遠藤も、「とにかく喧嘩が絶えない」と苦笑いしてたっけ。

それを、あの森田って焼肉男は1人でやろうとしてた訳だ。
まあ・・・悪い奴じゃないのかもしれない。


結婚か。

正直、ヒナにプロポーズしたのは焦ってたからだ。

ヒナの、間宮って人との浮気事件(俺の勝手な誤解だったわけだが)のせいでもあるが、
桜子が「三浦君の彼女がうちの託児所に来てくれるなら、
チーフとして働いてもらうことになるわ。何と言っても即戦力だし」と言ったせいでもある。

俺はまだ学生なのに、
ヒナはもう社会人2年目で、しかも来年からは大きな仕事を任されることになるかもしれない。

なんか・・・置いていかれる気がした。
ヒナも実は心のどこかで、俺なんかよりしっかりした男の方がいいと思ってるんじゃないかと、
心配になった。

そんな俺にヒナは、俺が本当に結婚したくなるまで待つと言ってくれた。

でも、俺が本当に結婚したくなる、って・・・それはいつだろう?
本当に結婚したい、ってどんな気持ちなんだろう?

なんかピンと来ない。


俺はヒナを見下ろした。
俺とヒナは身長が30センチ近く違うから、本当に「見下ろす」という感じだ。

その胸元には、大振りの石がいくつかついたネックレスが揺れている。

今日は、森田から事前に「堅苦しい格好じゃなくていい」と言われていたから、
女はみんな、簡単なワンピースだった。
ちなみに男は俺も含めて全員、スーツにシルバータイ。
堅苦しいといえば堅苦しいけど、これが一番無難で簡単だ。

まあ、それはともかく。
ヒナも薄いブルーのワンピースにボレロを羽織っているだけで、
髪も自分でまとめたみたいだ。

この格好には確かに今しているネックレスが合う。
いつもヒナがしているネックレスではなく。

高校1年のホワイトデー。俺はヒナに誕生石がついた指輪をプレゼントした。
確か2万円弱くらいだった。
バイトもしてない高校生にとっては、かなり高価なプレゼントだと思う。
でも一目見て、ヒナに似合うだろうと思い、それに決めた。

ただサイズが合わず、それ以来ヒナはその指輪をチェーンに通してネックレスとしていつも身につけている。
本当にいつも身につけている。
本当に・・・大切にしてくれている。

だけど、
高校生にとっては高価な物でも、社会人の女が肌身離さず付ける物としてはどうなんだ。
いい加減やめてもいいだろ。俺も恥ずかしい。


でも・・・今日こうやってヒナがあのネックレスを身につけていないのを見ると、
寂しくもあり、なんかちょっと腹立たしくもある。
だって、ヒナがあれをつけてないなんて、初めてじゃないか?

俺も勝手だな。


「三浦君?どうしたの?」
「・・・別に」

だけど、ヒナに誤魔化しは通用しない。
俺が不機嫌な時は、いくら隠そうとしてもヒナは気付くし、その原因も簡単にばれてしまう。

今日もそうだ。

でも、いつもなら「ごめんね」と謝ってから「私、何かした?」と聞くヒナだけど、
今日は何故か得意げだ。

なんなんだよ、ったく。

「見て」

ヒナはそう言って、俺の目の前に自分の右手を広げて見せた。
その薬指には・・・いつもはヒナの胸元にあるはずの指輪が光っている。

「え?」
「えへへ。最近ちょっと痩せたの。それで、なんとかこの指には入るようになったんだ」
「・・・」

ヒナは左利きだから、左の指より右の指の方が細い。
だから、左の薬指より先に右の薬指に入るようになったんだろう。

って、え?痩せた?

「ダイエットでもしたのか?」

ヒナはお世辞にも細いとは言えない。
月島や舞と比べるともちろんだが、
平均から言っても、細くない。
ハッキリ言って、ぽっちゃりしてる。

そもそもよく食う方だし、特に甘い物が好きと来てる。
食べ物の誘惑にも弱い。
これで細けりゃ、ダイエットしてる人に申し訳ない。

「ううん。私、ダイエットできないの知ってるでしょ?」

よーく、知ってる。

でも、俺は細過ぎる女は好きじゃない。
まあ、ヒナはもうちょっと痩せてもいいと思うけど、
別にそんなこと、どうでもいい。

「最近仕事が忙しくて、気付いたら痩せてたの」
「忙しい?」
「うん。10月には運動会も遠足もあるから」

ヒナは右手を俺の前から下ろし、えへへ、と笑った。

「これが最後だから、頑張りたいの」
「・・・」

そっか、来年の4月からは、桜子の家の病院内託児所で働くんだもんな。
あそこは当然一時預かり専門の託児所だから、
運動会や遠足といったイベントはない。
もっと言うと、散歩とかもないんだろう。
ただ室内で何時間か遊ぶだけだ。

ヒナには少し物足りないかもしれない。
でも、今の保育園にはない大変さややりがいもあるだろう。
だから、移ることを決めたんだ。

「ああ。頑張れよ。また折り紙とかで作るもんあったら、手伝うから。舞にも手伝わせるし」
「あはは、ありがとう」
「・・・」

俺は、笑うヒナの右手を取り、その薬指に光る指輪をジッと見た。

これが、右手ではなく、左手の薬指にはめられていたなら。
これが、本物のエンゲージリングなら。

俺はどれだけ幸せで満足だろう。


・・・そうだ。
俺が本当に結婚したくなる日なんて、きっとずっと来ない。
だって俺はもう、ヒナと結婚したいと本気で思ってる。
ずっとそう思ってきた。

だから、そんな日は待ってても来ない。
もう来てるのだから。


「ヒナ」
「なに?」
「結婚しよう」

ヒナがポカンとする。

「あ・・・うん。そうだね。三浦君がお医者さんになったら・・・」
「今、しよう」
「へ?」
「この近くに区役所あったよな。行こうぜ」
「ちょ、ちょっと待って」

ヒナが、歩き出そうとする俺を慌てて遮る。

「無理だよ!」
「なんで?」
「なんで、って・・・ほ、ほら、今日、日曜だし!」
「日曜でも婚姻届は出せるだろ。先生達だって、今日出したんだ」
「でも!私達、婚姻届の紙も持ってないし!」
「あ、そっか。それもそうだな」
「ね?」

ヒナがホッと胸をなでおろす。

「んじゃ、明日にしよう。取り合えず今日は今からヒナの親に挨拶に行くか」
「み、三浦君!!」
「ちょうどスーツだし。シルバータイは変かな?ま、いっか」
「ちょっと!」
「ヒナの親、俺のこと結構気に入ってくれてるみたいだから問題ないだろ」
「ある!!」
「よし、行こーぜ」
「三浦君!!」


俺はヒナの右手を引き、駅に向かって歩き出した。
薬指の指輪の感触を確かめながら。
 
 
  
 
 
 
 
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