≪おまけ2≫先生の決意
 
 
 
宴もたけなわになり、みんないい感じに酔っ払ってる。
立食形式の食事の皿も、ほとんど空だ。

が、俺は全然酔えない。
みんなに会うのも久々だからかなり飲んだけど、酔えない。

俺は、少し離れた場所で数人と談笑している「酔えない原因」を見つめた。

変わってないな。
もう37歳のはずなのに、あの頃のままだ。

小柄で細い体型も、綺麗な黒髪も・・・笑顔も。


その時、ふと彼女の周りから人がいなくなり、彼女が1人になった。
今日ずっと待ってたこのチャンスが、ようやく来た。

俺はそれを逃さないために、足早に彼女に近づいた。
彼女も俺にすぐ気づく。

「本城君!」
「・・・」

彼女のこと、なんて呼べばいいだろう。

昔みたいに、「
神谷かみや先生」?
でももう結婚してるから、「
宇喜多うきた先生」?

一瞬悩んだけど、答えが出なかったので、俺は無難に「先生」とだけ言った。

「久しぶり!元気そうね」
「先生こそ」
「ふふ、元気だけが取り柄だから。・・・そうだ、本城君、結婚したんだってね。おめでとう」

あなたにそう言われるのは、凄く微妙ですけどね。
と、言いかけてやめる。

「ありがとうございます」
「アノ本城君が結婚かあー。もっと遊んで年取ってから若い奥さんを貰うと思ってたのに、
意外と早く落ち着いたわね」
「・・・それ、今日もう10回くらい言われてるんですけど」
「そりゃそうよ」

なんだ。俺ってそんなに遊んでそうか。
・・・まあ、確かに、昔は遊んでたけど。

俺が軽く先生を睨むと、先生は肩をすくめてさっさと話題を変えた。

「今日の同窓会の幹事、お疲れ様」
「俺は幹事じゃないですよ。幹事は宏です」
「あはは。和田君て合コン以外の幹事もするんだ」

宏の合コンか。
それも懐かしいな。

「俺は、同窓会の案内を配っただけです」
「それでも、高校3年の同窓会だから・・・12年ぶりくらい?全員に配るの大変だったでしょ」
「そうですね。あ。案内と言えば。変なのを投入してすみませんでした」
「変なの?ああ、あの2人ね」

同窓会の案内なんて、直接渡す必要は全然なかったけど、
せっかく偶然再会できたんだからちょっと2人の時間を作ってやろうと思い、
敢えて歩と三浦に届けさせたのだ。

「メモ見て笑っちゃったわ。『初めてのおつかい、ならぬ、初めてのデート、です』って。
あの2人は上手く行ってるの?」
「さあ・・・」

せっかく両想いだったのに、何やってんだあいつらは。
いつの間にやら市川が加わって、今じゃすっかり三角関係だ。
まあ、元はと言えば、三浦が歩のことを「雲雀乃谷歩」だとわからなかったのが悪い。
俺ですら三浦のことを、
まりもキティと出身小学校で、「あ。歩の初恋の女だ」ってすぐにわかったのに。

結婚式の夜、歩が「今更初夜も何もねーだろ!?」と、うちに乱入してきた。
そして、延々と三浦の愚痴を言っていた。
この「もめごと」はしばらく続きそうだ。

そうそう、もめてると言えば、俺の弟の幸太ももめにもめてる。
幸太は、高校を卒業した頃、間宮財閥の一人娘と恋に落ち、
あっと言う間に子供を作った。

俺なんて、月島に「高校卒業するまではイヤです」と散々待たされた挙句、
結局卒業後も、なんだかんだで何ヶ月もお預けを食らったというのに・・・

それはともかく。
幸太は、彼女の親に結婚を認めてもらえず、
籍は入れてないものの、今は親子3人で幸せに暮らしている・・・
って、あれ。全然もめてないな。
まあ、いっか。


「本城君?」
「あ。すみません・・・そうだ、先生。綾瀬学園はどうですか?」
「いい学校よ。ふふ、やりがいがあるわ」

先生の目が光る。

この熱血ぶりも変わってない。
俺は10年以上前、先生のこういう所に惚れたんだ。

そんな気持ちですら、今は懐かしく思える。


俺は、今日一番の目的を果たし、ようやく酒を味わうことができた。






同窓会から戻り、マンションのエレベーターに乗ると、独特の匂いが鼻を突いた。
煙草の匂いだ。
それも、かなりキツイやつ。

こんなのを吸うのは、あいつしかいない。

今晩はもう一度飲まなきゃいけないな、と思いながら玄関の扉を開いたが、
予想に反してあいつの靴はなかった。

「おかえりなさい」
「ああ、ただいま。なあ、月島、あいつは・・・」

言い終わらないうちに、月島が急ぎ足で廊下を戻り、リビングからガチャガチャと何かを持ってきた。

うわ・・・またやってしまった。

「はい!500円入れてください!」
「・・・わかったよ」

俺は財布を取り出し、月島、じゃなかった、「和歌」が差し出した貯金箱に500円玉を入れようとした。

「あ、500円玉がない」
「じゃあ千円札でいいです」
「・・・くそっ」

仕方なく、千円札を折りたたんで貯金箱に入れる。
あーあ、もったいない・・・

これは、「500円玉でいっぱいにすると50万円になる!」という傍迷惑な貯金箱である。
いつまでたっても「月島」「先生」と呼び合ってる俺達に業を煮やした歩が、
「月島とか先生とか言ったら、ここに500円入れろ!」と、強制的にうちに置いていったのだ。


月・・・和歌が嬉しそうに貯金箱を耳の近くで振った。

「ふふ、結構貯まりましたね」
「50万円貯まったら、新婚旅行にでも行くか」
「はい!このペースだと、今年中に行けそうですね」
「・・・そうだな」
「半分以上は、先生が入れて・・・」

俺は和歌の手から貯金箱を引ったくった。

「はい。500円」
「さっき、せん・・・真弥さんが千円入れたから、それでいいことにしましょう」

ちゃっかりしてやがる。


俺はリビングに入り、部屋を見渡した。

「なあ、あいつ来なかったか?」
「はい、来ました。でも用事があるとかで、コレを置いてすぐに帰っちゃいました」

そう言って和歌が俺に茶色い封筒を手渡した。
ペラペラだ。

中を覗くと紙が一枚だけ入っている。

それを見て、俺は驚いた。
小切手だ。
でも、そこに書かれた金額のゼロの多さに、更に驚いた。

「なんだ、こりゃ?あいつ、このマンションだけじゃ飽き足らず、こんなのまでくれたのか!?」

そう。このマンションもあいつからの結婚祝いだ。
昔、俺が冗談で「結婚したら駅から5分の5LDKのペントハウスをくれよな」と言ったら、
あいつ、本当に用意しやがった。
信じられん。

でも、俺も自分で催促した手前、「こんなのさすがに貰えない」とも言えず、
ありがたく受け取ったのだが・・・なんだ、この小切手は。

「それは、私達にじゃないです。穂波の旦那さんにです」
「・・・ああ!絵の代金か!」

以前あいつが、うちのリビングに飾ってある西田の旦那さんが描いた絵を見て「俺も欲しい」と言い出したので、
西田に頼んで、旦那さんに描いてもらったのだ。

西田の旦那さんは、若手の中じゃ結構有名な画家だ。
特に子供をモデルにした絵は、人気がある。
でも西田は「先生の友達からの依頼だったら無料でいいですよ」と言ってくれた。

とは言え、そうもいかないだろう。
あいつは「できた絵を見て、いくら支払うか決める」と言っていたが・・・
それにしても、この小切手は高すぎないか。

・・・そうか。これで西田の旦那さんの絵の価値が全体的に上がる。
それこそが、あいつからの本当の「絵の代金」なんだろう。

「んじゃ、この小切手は俺がもらってもよくないか?」
「何言ってるんですか。今度私が穂波に渡しときます」

やっぱり?


俺は苦笑いしながら、封筒を和歌に返し、リビングの大きな窓の方へ目を向けた。

この夜景は本当に素晴らしい。
さすがに、東京を一望、とはいかないが、かなり遠くまで見渡すことができる。

この家の、一番のお気に入りだ。


「どうぞ」

和歌が俺に湯のみを差し出した。
中からは梅昆布茶のいい香りがしている。

「ありがと」

ちょうど飲みたいと思ってたとこだ。
和歌は、俺の気持ちをよくわかってくれる。

普通、こういう景色を眺めながら飲む物と言えば、高級ワインが定番だろうけど、
生憎俺も和歌もそういうキャラじゃない。
2人して梅昆布茶を飲むのが最高だ。


俺はお茶を飲みながら、すぐ眼下に広がっている暗闇を見つめた。
眩い夜景の中で、そこだけ真っ暗でぽかっと浮かんでいるように見える。
そこは、今は人がいないから単に電気がついていなくて暗いだけなのだが・・・

俺の目には何故か本当に「暗闇」に見える。

俺の中にある迷いが反映されているせいだろうか。


「あそこ・・・綾瀬学園ですよね」
「ああ」

和歌が俺に寄り添うようにして、一緒に綾瀬学園を見下ろした。

あいつが理事長をやってる、綾瀬学園を。


5年前に綾瀬学園が開校した時、あいつは俺に「朝日ヶ丘を辞めて移って来い」と言った。
でも、当時俺はまだ25歳で、朝日ヶ丘の教師になって3年しか経っていなかった。
もう少し、朝日ヶ丘で頑張りたかった。
だからあいつの誘いを断った。

でも、ちょうどその時、旦那さんの仕事の関係で地方にいた神谷先生が東京に戻ってくることになり、
働ける学校を探していたので綾瀬学園を紹介したところ、そこで働くことになった。

また、歩の父親である森田先生も、新しい学校の立ち上げに興味を持ち、綾瀬学園へ移ることになった。
その功績を買われ、今は若き教頭だ。

そして俺もまた・・・
予感はあった。
俺もいつか、綾瀬学園に移るだろうという予感は。

正直、興味はある。
俺もずっと小・中・高・大学とエスカレーター式の学校に通っていたから、
そういう一貫校の良い所も悪い所も知っている。
もし、小・中・高校一貫の綾瀬学園に勤めるなら、やってみたいこともある。

それに・・・
何より、俺が綾瀬学園に移ることを、あいつが望んでいる。

あいつは不思議な男だ。
決して強要することなく、でも、必ず自分の思い通りに事を運ぶ。
そういう力を持っている。

三浦曰く、俺もそういうタイプらしいが、あいつとは格が違う。
幸太なんて、あいつのためなら命も投げ出すだろう。


「真弥さん」
「ん?」
「生徒にとって、『先生』はいつまでたっても、どこにいても『先生』です」
「和歌・・・」

ほんと、なんで和歌は俺の考えてることがわかるんだろう。
これが夫婦ってやつか?
でも、和歌は昔っからそうだもんな。

そう、昔から。

和歌と出会って、もう7年以上。
ようやく結婚することができた。


7年前・・・俺がまだ教師になりたての頃、歩は小学3年生だった。
その歩が、高校生になり、俺の生徒になった。
なんの偶然か、歩の初恋の女である三浦舞も俺の生徒だ。

不思議な縁を感じる。

この2人の卒業を見届けたら、俺も朝日ヶ丘での教師生活に一区切りつけてもいいかもしれない。


「和歌」

俺は和歌を見た。

「俺、やってみるよ」

和歌も俺を見上げ、満足そうに微笑む。

「なんだか楽しみですね。どんな学校なんでしょう?」
「あいつが理事長なんかやってるんだから、さぞかし胡散臭い学校だろうな」
「ふふ、そうですね」


俺は、もう一度綾瀬学園に目を向けた。
心なしか、さっきより明るく見える。



・・・さあ、始まるぞ!
 
 
  
 
 
 
 
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