第13話 萌加 「最低」
 
 
 
「お嬢様。工事で道が混んでいるようですので、抜け道を使ってもよろしいでしょうか?」

運転手がバックミラーで私を見ながら訊ねた。

「いいわよ」

そんなこと、いちいち聞かなくていいのに。
だけど、運転手が私の了解を取った理由はすぐにわかった。

車はラブホテルが並ぶ、いかがわしい界隈に入って行ったのだ。
でも確かに、方向的にはこの道の方が早く学校につきそうだ。

私はちょっと寒さを感じ、身を硬くした。
さすがに何年も私のために運転しくれている運転手は、すぐにそれに気づき、
エアコンをつけてくれる。

「申し訳ありません。もう少し早く、車を暖めておくべきでした」
「ううん。ありがとう。私がこんな格好なのが悪いわ」

私はむき出しの肩を摩った。

ほんと、もう9月も終わりにさしかかろうとしているのに、
こんな薄いドレスを着ている私が悪い。
何か羽織る物を持ってくればよかった。


今日は、お父さん主催のちょっとしたパーティがあった。
もちろん私もホスト側として参加したのだけど、寮の門限が9時だから、
挨拶だけして早々に切り上げてきたのだ。
まあ、長居しても楽しいパーティじゃないし、食べる物も食べたし。


ようやく車の中が暖かくなり、私は息をついて後部座席のシートに深く沈みこんだ。
窓の外を派手なネオンがチカチカ光る。

このうちの幾つかは、健次郎の親の息がかかったホテルなんだろうな。


あれからもう半年、健次郎との関係が続いている。
だけど、私が嫌がるからこういうホテルには一度も来たことがない。
いつも普通のホテルのいい部屋に入る。

こういうホテルは中ってどうなってるんだろう?
ちょっと興味はあるけど、健次郎とこんなところに来たいとは思わない。

本城とだったら、どこでもいいけど。


・・・何を今更そんなこと考えているんだろう。
考えても虚しくなるだけなのに。

でも・・・本城、今何してるのかな。
あの彼女と一緒にいるのかな。
今頃・・・


あれ?


私はシートから身体を起こした。

「止めて!」

思わず大きな声を出す。
だって、あれは・・・


私は車が止まると窓を少し開け、夜だというのに昼間のように明るい通りを見た。
そこには、寄り添う一組のカップル。

本城だ。

半年前、駅で見た光景が蘇る。
あの時の胸の苦しさも。

だけど、あの時と違うことが二つある。

一つは本城が制服ではなく、私服だということ。
もう一つは・・・女が違う。
あの「彼女」じゃない。

どう見ても年上の、派手なお水系の女だ。
本城の彼女とは似ても似つかない。


それと・・・もう一つ、あの時とは違うことがあった。
本城の表情だ。

あの時のような、いかにも「素」って感じの安心しきった幸せそうな笑顔じゃない。
学校で見せる、卒のない感じの笑顔でもない。

敢えて言うなら、健次郎の笑い方に似ている。
ニヒルというか、完全に作った「ヘラヘラ」した笑顔。
あの女は、遊び用なんだろう。

女の方もそう割り切っているのか、わざと大袈裟に本城に甘えている。
そして本城もそれに応えている。

こんな場所だ。
行くところは決まってる。


本城らしくない。


私は、街に消えていく2人の後姿を瞬きもせずに見つめた。


「お嬢様」
「・・・何?」
「もう少し、ここにいらっしゃいますか?」
「出して。こんなとこ、1秒もいたくない」
「かしこまりました」





翌日の本城は、いつも通りの本城だった。
悪びれる様子も、周りの目を気にする様子もない。

と言うことは、今までもああいうことを散々やってきていて慣れているってことだろう。


馬鹿馬鹿しい。
ほんと、馬鹿馬鹿しい。


本城は彼女と別れたわけではないようだ。
だって、今日もちゃんとあのお弁当を持ってきている。
しかも最初の頃は牛丼レベルだったお弁当も、すっかりレベルアップして、
見た目にも美味しそうだし、栄養バランスもちゃんと考えられている。

そんなお弁当を作ってくれる彼女がいるのに・・・

私が何年も片思いしてきた男は、あんな男だったのか。

自分のことを本気で大切にしてくれている彼女がいるにも関わらず、
平気で他の女と寝るような男。

最低だ。
本城も最低だけど、そんな本城を好きだった私も最低だ。


・・・そう、
私だって最低だ。

私も本城と変わらない。
振られたからって、ヤケになって、健次郎と寝ている。

健次郎が私のこと好きなのを知っていて、それを利用している。


ダメだ。
このままだと、私も本城と同じだ。


最低だ。


 
 
 
 
 
 
 ↓ネット小説ランキングです。投票していただけると励みになります。 
 
banner 
 
 

inserted by FC2 system