第20話 ナツミ 「アルバイト」
 
 
 
私はドキドキしながら、バスに乗った。
えっと、まずチケットを取って・・・K駅で降りるときにこれとお金をバスの前の機械に入れるんだよね?
確か200円だ。

それからK駅で320円の切符を買って、電車に乗って、T駅で乗り換えてY駅で降りる。

うん、大丈夫。・・・多分。


昨日、あの後、月島クンは「もう暗くて危ないから」と言って私を電車とバスで学校まで送ってくれた。
月島クンのことストーカーしていた私をわざわざ送ってくれるなんて、優しいな・・・。

電車もバスも乗ったことがないって言ったら、呆れてたけど。


とにかく、私は今日から月島クンと一緒にアルバイトすることになった。
月島クンが昨日まで働いていたレストランの時給が800円と知った私は、
思わず「8000円の間違いでしょ!?」って思ったけど、間違いなく800円らしい。

1時間も働いて、800円しかもらえないなんて、世の中って厳しい。

時給800円なら、タクシーなんて使ってたらバイトする意味がない。
家の車を使ってもいいけど、せっかく昨日、月島クンに電車とバスの乗り方を教えてもらったんだから、
自分の足でY駅まで行ってみようと思った。

って、月島クンに「5時にY駅に来て」と言われてるだけで、どんなバイトか聞いてないんだけど。



「あれ?」

バスから降りて、K駅の改札に向かうと、そこに月島クンがいた。

「月島クン・・・どうして?」

月島クンは、苦笑いして言った。

「いや、良く考えたらさ、昨日電車もバスも初めて乗った人に、一人でY駅まで来いだなんて、
ちょっと無理言っちゃったかなと思って。電車の乗り換えもあるし」
「そうだったんだ・・・ありがとう」

やっぱり月島クンは優しい。

私たちは切符を買って(やっぱり一人じゃ買えなかった・・・)、電車に乗り込んだ。



不思議だ。
昨日まで、月島クンに嫌われてると思ってずっと落ち込んでたのに、
今はこうして一緒に電車に乗っている。

私は月島クンを見上げた。
155センチの私から見ると頭一つ分くらい大きな月島クン。
その涼しげな瞳を見ていると、ドキドキする。

「・・・何?」
「あっ。ごめんなさい」

私は慌てて下を向く。
また、ジロジロ見ちゃった・・・

「あはは、見るのが好きなんだな」
「・・・ストーカーですから」
「ええ?あははは」

月島クンは小声だけどお腹を抱えて笑った。

「面白いな、寺脇さん。やっぱり今日からのバイトにはピッタリかも」
「どんなバイトなの?」
「それはついてからのお楽しみ」

「お楽しみ」と言いつつ、月島クンは「お楽しみ」にしているって感じではなく、
顔をしかめた。
月島クンは苦手なバイトらしい。
そんなの、私ができるのかな?

「そう言えば、堀西はバイトOKだったの?」
「うん、それが・・・わからないの」
「わからない?」
「先生に聞いたら、『今までバイトしたいなんて生徒いなかったから、バイトに関する校則なんてない』って」
「・・・」
「校則がないってことは、いいよね?」
「・・・いいんじゃない?」





「みんなー!集まってー!」

先生の明るい声に、わらわらと人が集まってくる。
その光景に私は目を丸くし、月島クンはちょっと引き気味になる。

だけどその「人たち」は、興味津々に月島クンと私を眺めた。

「紹介するわね。今日から一緒に遊んでくれるお友達の、ナツミちゃんです」

先生はそう言って、両手を後ろから私の両肩にポンと置いた。

「て、寺脇ナツミです!よろしくお願いします!」

私がお辞儀すると、
ワーッと拍手と歓声が上がる。

ああ、緊張する・・・

「それと、ノエル君です」

―――ノエル!?

私が口をあんぐり開けて月島クンの方を見ると、月島クンは
「何か文句でも!?」と言うように、私をギロっと睨んだ。

「・・・月島ノエルです。よろしく」

また拍手と歓声。
その甲高い声に、月島クンは「耳が痛い」とばかりに肩をすくめた。

「ナツミちゃんとノエル君は、学校があるから夕方からだけみんなと一緒に遊んでくれます。
仲良くできるお友達ー?」
「はぁーい!!!」

元気だなあ。

それもそのはず。
ここは「どんぐり保育園」。
・・・確かに月島クンは苦手そうなバイト先だ。
そして、確かに私には「ピッタリ」だ。

いくら高校の授業の一環とは言え、ここで一人でバイトするのは、
さすがに月島クンも自信がなかったらしい。
それで、ピッタリな私を誘ってくれたみたいなんだけど・・・


面白そう!


本屋さんやレストランなんて、私じゃ絶対務まらないけど、
子供たちと遊ぶだけなら、できそう!

もちろん月島クンも私も保育士の資格なんて持ってないから、
5時半からの延長保育のお手伝いをするだけなんだけど。


「ナツミちゃぁん!遊んで!」
「うん!何する!?」
「絵本読んでー!」
「任せて!ほら、『ノエル君』も誘っておいでよ」
「うん!ノエル君も一緒に遊んであげる!」

「ノエル君」はげんなりした表情で、ため息をついた。



 
 
 
 
 
 
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