第1部 第14話
 
 
 
「ママ、ただいま」
「あら、早かったわね」
「うん・・・パパは?」
「書斎だと思うけど」

私は重い足取りで階段を上がった。

怒りと悲しみと恥ずかしさと情けなさで、憤死しそうだ。

訴えれる?
訴えれるよね?
伴野聖は勝手に月島ノエルさんになりすましてたんだから。

でも、タクシーの中で流れる景色を見ているうちに、もっと大事なことに気がついた。


「パパ?いる?」
「ん?マユミか。どうした?」

書斎の中にいたパパは、パソコンから顔を上げた。

「うん・・・」

ダメだ。
また涙が出てきた。

「マユミ?どうしたんだ」

パパが立ち上がり、私のとこに来て肩を抱いた。

パパの前で泣くなんて何年ぶりだろう。
どうせならもっといい涙がよかった。

私は、ボロボロ泣きながら、伴野聖のことを全て話した。
お姉ちゃんの彼氏だと知りながら、惹かれていたことや、
言われるがままにパパに内緒で勝手に実印を使ったことも。


パパはずっと黙って聞いていたけど、私が全て話し終えるとただ「そうか」と言って頷いた。
怒るでもなく、呆れるでもなく。

「ごめんなさい。私、とんでもないことを・・・どうしよう、私のでせいで、
寺脇建設の社長さんが・・・」

そう。今回の伴野聖の卑怯な計画と私の馬鹿な行動の一番の被害者は、
無実の罪で退陣させられた寺脇建設の社長だ。
謝っても謝りきれない。

「パパ。寺脇建設の社長さんて、復帰できないの」

だけどパパは首を振った。

「確かに伴野聖は卑怯だし、マユミのやったことも責められるべきことだ。
でも、今更それがわかったところで、寺脇建設の社長を復帰させてやることはできない」
「そんな!」

私は涙目でパパを見上げた。

「私のせいなのよ!?私が・・・私が寺脇建設の人に説明するから・・・」

そんなことしても、「そうだったんですか。じゃあ社長に戻ってきてもらいましょう」、
ってことにならないのは分かってる。
でも・・・!

パパは私の肩を抱いたままソファへ行き、私に座るように促した。
私もそれに素直に従う。

「いいか、マユミ。『社長』というのは、会社の代表だ。わかるな?」
「うん」
「実際仕事をしているのは社長ではなくて、社員達だ。社長の仕事は、そんな社員を取りまとめたり、
社員達が提案してきたことを実行に移すか移さないかを判断することだ」
「うん」
「まあ、他にも色々あるけどな。
でも、社長の一番大切な仕事は、いざという時に、責任を取って社員を守ることだ。
例え社長になんの責任もなくてもな」
「でも、今回のことは、社長はもちろん寺脇建設の誰も悪くないのよ!?
悪いのは、私なのに・・・」
「それでも、だ。それでも社長は責任を取らないといけない。
それだけ大変な仕事なんだ、『社長』っていうのはな。
その分、普段は沢山のお金を貰い、いい暮らしをしている。
もちろん、それはパパにも当てはまる。パパも、いざという時は責任を取らないといけない。
そうなれば、お前達やママにも迷惑をかけるが・・・それは仕方ないことなんだ」
「・・・」
「でも、そんなことにならないように、寺脇コンツェルンを隙のない事業体にしようと努力している」

私は、思わず立ち上がってパパの正面に立った。

「でも、伴野聖は反則だよ!いくらパパが頑張ったってあんな手を使われちゃ・・・
そりゃ、私がもっとしっかりしてたら、こんなことにはならなかったけど・・・」

パパは私の手を引き、もう一度私をソファに座らせる。

「そうだな。マユミも今回のことで懲りただろう。
お前は自分が寺脇コンツェルンの娘だということを、忘れないようにしないといけないんだ」
「はい・・・」
「お前は一生金に困ることはないだろう。でも、常にこういうリスクが付きまとうんだ。
人間、何もかも楽にいくようにはできてないんだよ」

何もかも楽には・・・

そう言えば、伴野聖は自分が父親から何の期待もされていないと言っていた。
伴野聖もお金に困ることはないだろうけど、
親からそういう目で見られながら家や会社で過ごすのは、楽なことじゃないだろう。
だから家を出るのかな。
まあ、家を出ても、どうせお金はもらうんだろうけど。

「パパ。伴野聖を訴えないの?警察に話したら調べてくれるよ、きっと」
「そうだな。でもやめておこう」
「どうして?」
「そんなことをしたら、マユミがやったことも世間に知れる。
パパもママもそんなことは望まない。今回のことは高い勉強料だったと思うことにして、
パパとマユミの胸だけにしまっておこう」
「でも!」
「マユミは、自分のせいで寺脇建設の社長に迷惑をかけてしまったことを忘れないでいなさい。
それがお前の罪償いだ」
「・・・はい」


私は本当になんて馬鹿なんだろう。
いつもお姉ちゃんのことを馬鹿にしてるくせに、
私の方がずっと馬鹿じゃない。

お姉ちゃんの彼氏(偽者だけど)を好きになって、
ちょっと気のある素振りをされたら、ほいほいと実印の印鑑やお金を渡して、
挙句、関係ない人たちに迷惑をかけて・・・

どうしようもない。


パパはため息をついた。

「それにしても、伴野のところの三男坊か・・・あれが」
「知ってるの?」
「噂でな。男の子供が2人生まれた伴野は、どうしても女の子が欲しかったらしく、
もう1人子供を作ったんだ。けど、生まれたのはまた男だった。それが聖だ」
「・・・」
「しかも、聖は家の仕事に興味がない上に、ろくに勉強もせず、ほっつき歩いてるらしい」

ああ・・・そんな感じ。

「兄2人はしっかりしてるし、伴野社長からすれば聖はどうでもいいのかもしれんな」
「・・・どうでもいいって・・・自分の子供なのに?」

親がそんなのだから、子供があんなのになるんだ。
・・・うちは親がしっかりしてるのに、子供はこんなのだけど。



パパは、寺脇建設の社長を悪いようにはしないと、私に約束してくれた。

でも、よく考えたら、私が迷惑をかけたのは寺脇建設の社長だけじゃない。
社長の家族も大変だったに違いない。
しっかり者の一人娘がいるらしいけど、何歳なんだろう?
困ったことになってないといいけど・・・。

それに、寺脇建設の社員もきっと迷惑したと思う。
おもちゃショーのコンペを辞退したということは、
それに携わっていた社員達が今までしてきた仕事が無駄になったということだ。

株価も落ちたって伴野聖が言ってたから、資金的にも損害を受けたに違いない。



本当に私は・・・

情けない。
 
 
 
  
 
 
 
 
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