第2部 第5話
 
 
 
「アメリカの大学、ですか」

月島ノエルがまたコーヒーを一口飲んで黙る。

意外なことを聞かれた、って表情じゃない。
むしろ・・・自分の考えてることを言い当てられた、って表情だ。

ってことは。

「アメリカの大学を受けるの?」
「いや、それもまだ・・・受かるとも限らないし」

受かるでしょ。

月島ノエルは少し考えてから、思い切ったように話しだした。

「湊さんのように、
交換留学制度で留学して、働きながら会社のお金で大学に通うっていうのならいいんですけど、
単身でアメリカの大学に通うのはお金がかかります。うちはそんな貧乏って訳じゃないですけど、
僕1人にそんなにお金をかけられる程でもありません。
ただでさえ、6年間もお金のかかる海光に通わせてもらってるのに・・・
やっぱり日本の国立大に進もうかと思っています」
「ふむ。では、月島君が心配してるのは、お金の問題だね?」
「えっ・・・まあ・・・そうですね」
「よし。それはうちが出そう」

は?
という顔の、月島ノエルと柵木さんと私。

「出す?」
「正確にはうちではなくてジュークスが、だ」

げっ!
という顔の、柵木さん。

どうやらパパの言わんとしていることが分かったらしい。

「ま、まさか、寺脇様・・・月島を?」
「ああ、そうだ。月島君、来年の4月から柵木君と同じようにジュークスで働きながら、
ジュークスの教育制度を使ってアメリカの大学に通いなさい」
「えっ」

さすがに月島ノエルが驚く。
でも、柵木さんのような「げっ!」という驚き方ではない。

「ジュークスは寺脇コンツェルン内の会社と取引があるだけではなく、
『社員に勉強させたい』ということで、うちに社員を沢山送り込んできているんだ」
「勉強、ですか」
「ああ。逆にうちも、ジュークスに社員を送り込んでいる。
まあ、持ちつ持たれつってやつだ。ただ、うちの社員として行くのなら、
年数や待遇や仕事に制限がある。だから柵木君のように普通にジュークスに入社しなさい。
月島君の成績と、柵木君の後輩という肩書きと、私の推薦があれば、問題なく入社できるだろう。
社内研修制度で大学にも通えるよう、ジュークスの社長に言っておくよ」
「・・・」
「嫌かね?」

月島ノエルがブンブンと首を横に振る。

「嫌じゃありません!でも・・・本当にいいんですか?」
「もちろん、条件はある。
思う存分勉強して、MBAも取ったら、日本に戻ってきて寺脇コンツェルンを継ぐことだ」
「反対!」
「反対です!」

私と柵木さんが同時に叫んで立ち上がる。

「寺脇様!そんな自殺行為をなさってはいけません!」
「そうよ!それって月島ノエルをうちの婿にするってことでしょ!?
嫌よ、こんなお義兄さん!」
「・・・あのな」

月島ノエルが私達をギロッと睨む。

「寺脇さんがいいって言ってくれてるんだから、2人は黙ってて下さい!」
「だってー!絶対、嫌!!」
「2号!」
「ほら!私をそんな風に呼ぶ人がお義兄さんなんてイヤー!」
「ちょっと待ちなさい」

パパが3人をたしなめる。

「今日、月島君は私の仕事の話を聞きに来たそうだが、
ナツミといずれ結婚したいと思ってなければ、わざわざ私に会いになんてこないだろう?」
「そんなことありませんよ。寺脇さんのお話は、なんとしてでも聞く価値があります」

とんでもないことをシレッと言う奴だな、おい。
と、私と柵木さんが月島ノエルを冷ややかな目で見る。

「だけど、ナツミさんとは・・・まあ、いつかは結婚するかもしれません、
って言っておかないと、ナツミが泣きます」
「ははは、そうだな」

パパが心底愉快そうに笑う。

「ナツミは君に随分と惚れているようだからね。多分、このままいけば結婚するんだろう。
だったら、月島君には早いうちから沢山勉強しておいてほしいんだ。
アメリカで社会人の基礎を学んで帰ってきたら、
40歳くらいまではうちの会社を数年ごとに渡り歩いて欲しい。
それから寺脇コンツェルン全体をまとめる勉強をして・・・月島君なら、
40代のうちに、寺脇コンツェルンを継げるかもしれないな」
「・・・」

パパが寺脇コンツェルンを正式に継いだのは45歳の時。ついこの前だ。
パパは養子ではなく寺脇家の長男だということを考えても、これは異例の速さだと言っていい。

うちのことを何も知らない養子が寺脇コンツェルンを継ごうと思うと、
どうやっても50代後半になる。

「あの・・・一つ聞いてもいいですか?」
「なんだね?」
「ナツミ、さんのことは・・・」
「ん?ナツミと結婚するのは嫌かね?それは困ったな・・・
私は君みたいな人間にうちを継いで欲しいんだが。よし、じゃあマユミ。お前が、」
「死んでもイヤ」
「僕もイヤです。僕は博愛主義者じゃありませんので」

あれ。
前にもそれ、誰かに言われたような。

ハクアイ主義者ってなんなんだろう。
MBAと一緒に後で調べておこう。

「ナツミさんと結婚するのがイヤだと言っているんじゃありません。
でも、来年の4月から何年かアメリカに行くとして・・・
寺脇さんは、僕とナツミさんをいつ結婚させるおつもりですか?
僕がアメリカから帰ってきてからですか?それだと何年後になるか分かりませんけどいいですか?」

パパが椅子の背もたれに身を預けながら考える。

「そうだな・・・まあ、帰ってきてからでも遅くはないが、ナツミが寂しがるだろう。
よし、ナツミも連れて行きなさい。あいつも少し『跡取りの妻』というのを勉強した方がいい」

それってつまり・・・


どういうこと?
 
 
 
  
 
 
 
 
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