第3部 第11話
 
 
 
「こ、紅茶飲む?コーヒーの方がいい?あ、師匠はスポーツドリンクか」
「いや、いらない。この後、酒飲めるんだろ?」
「う、うん!いくらでも飲んで!」
「?」

私はさっきから、
意味も無く部屋の中を歩き回ったり、
ぬいぐるみを持ち上げては下ろしたり、
不自然な笑顔を師匠に向けたりしている。

師匠は「何やってるんだ、こいつ」という目で私を見てから、
なんのこだわりも無く私のベッドに腰を下ろした。

今までなら、そんなことくらい気にも留めない私だけど、
今日ばかりは師匠の一挙手一動に敏感に反応してしまう。




和歌さんに「頑張る」と宣言したものの。

一体、何をどう頑張ればいいの?
自分から師匠に「していいよ」って言うの?

そんなこと、できる訳ないじゃない!!

という訳で、ここは師匠に任せることにした。

さりげなく、それらしいシチュエーションを作れば、
師匠のことだ、絶対手を出してくる。
それで私が拒まなければいい。

簡単なことだ。

でも、「それらしいシチュエーション」ってどんなの?
ホテルに誘う?そんなの「しよう」って言ってるようなもんじゃない。

だけどほっといたら、師匠、どこでも平気でやりそうだからな・・・

師匠はどう考えても初めてじゃなさそうだけど、
私は初めてだ。
一流ホテルでロマンチックに!なんてませたことを言うつもりはないけど、
(師匠も嫌がりそうだし)
やっぱりそれなりの雰囲気の中でしたい。

そうなると、師匠か私の部屋が無難だろう。
でも、師匠は「家出人収集家さん」という訳の分からない人の家で集団生活してるらしい。

つまり、残されたのは・・・



「またマユミの親父さんと酒が飲めるなんてラッキー」

師匠が、まだ見ぬお酒を想像してうっとりしている。
本当にお酒が好きなんだな。
お陰でそれを魚に、こうして師匠を私の部屋に連れ込めたんだけど。

「うん。パパ、『たまには師匠君をうちに招きなさい』って言ってたから」

嘘じゃないわよ?
ただ、パパが帰ってくるまでまだだいぶ時間があるけど。

「マユミも一緒に飲もうぜ」
「私はいい。お酒、嫌いだもん」
「えー?俺、奥さんと晩酌するのが夢なんだけど」
「・・・」

その発言、何か意味ある?
今の私には、すごく意味深に聞こえるんですが。

だけど師匠はそれ以上は何も言わず、
私の部屋をぼんやりと見回した。

なんか、いつもの師匠らしくない。

「何かあったの?」
「何かって?別に」

そうは言うけど、明らかに元気がない。

なんだろう。
部活の練習試合で負けたとか?
あ、テストの点が良くなかったのかな。

でも、師匠はそんなことで落ち込んだりしなさそうだ。


私が師匠の横に腰を下ろすと、
早すぎず遅すぎず、のタイミングで師匠が私を抱き締めキスをする。
だけどそこには何の意図も感じられない。

ただ抱き締めてキスしてるだけだ。

いつもより長いキスを終えると、
師匠は私の首筋を触った。

「キスマーク、まだ残ってるんだな。結構長持ちするんだ?」
「うん。そうみたい」
「マユミは色白だから特にかもな。
初めてにしちゃ、綺麗な形で付けてるだろ?」

そうね。どう見ても唇の隙間の形だもん。
お陰で誤魔化しようがなくて、有紗に随分からかわれたけど。

師匠は同じ場所に唇を落としてキスマークを濃くすると、
満足したように息をついて笑顔になった。

「よし!」
「よし、じゃないわよ。あーあ・・・またからかわれる」

いつもだとこの後師匠のおふざけが始まるんだけど、
今日に限って師匠は全く何もしてこない。
私を抱き締めたまま、学校での出来事やテレビの話をしているだけだ。

・・・まあ、いいけどね。

その時、突然部屋の扉がノックされ、
私は心臓だけでなく、身体も本当に飛び上がった。

「は、はい!」
「お嬢様。旦那様がお帰りになりました」
「え?パパが?もう?」

時計はまだ6時になったばかりだ。
8時近くにはなるって言ってたのに。

私と師匠は顔を見合わせた。

「もしかしたらパパ、師匠が来るから早く帰ってきたのかも」
「だな」


私達は慌てて部屋を出て1階へ駆け下りた。






「おねーちゃん」
「マユミ?どうしたの?師匠は?」

お姉ちゃんの部屋に入ると、お姉ちゃんはパソコンの画面から目を離して私を見た。

「まだリビングでパパと飲んでる。酔っ払いには付き合いきれないわ」
「ふふふ」

正確には酔っ払ってるのはパパだけだ。
師匠はそんなパパに合わせてテンション高くしてるけど、
私はそこまで頑張れない。

勝手に盛り上がってる2人を置いて、私は早々に切り上げてきた。
でも部屋で1人でいるのも虚しくて、用もないのにお姉ちゃんの部屋にやってきたのだ。

「でも、父親と彼氏が仲が良いなんて、嬉しいことじゃない」
「そうだけど・・・」
「何?もっと師匠にかまって欲しかったの?」

お姉ちゃんがイタチ目になる。

「そんなんじゃないもん!・・・お姉ちゃん、何してるの?」
「サーフィン」

ネットサーフィンのことらしい。

お姉ちゃんの肩越しにパソコンの画面を覗き込むと、
色んな航空会社の旅券を格安で売っているサイトのトップページだった。

「飛行機のチケット買うの?」
「うん。3月に卒業式と入籍のためにノエル君が帰ってくるでしょう?
私も春休みだから、ノエル君がアメリカに戻る時に一緒について行って、
1学期が始まる直前に1人で帰ってこようと思ってるの」
「家のジェット機で行けばいいじゃない」
「マユミ、使うんでしょう?友達を乗せてグアムに行くって言ってたじゃない」

そうでした。

「それに、家のジェット機でアメリカへ行くなんて燃料の無駄よ。
普通の飛行機の方がよっぽどお得」
「じゃあせめてファーストクラスにしたら?」
「もったいない!」

出た。

お姉ちゃんはパソコン画面に目を戻すと、
「こっちの方が安いかな。あ、でもこっちの航空会社だとマイルが貯まるのよね」
とかブツブツ言いながら、次々にマウスを動かす。

なんだかとても楽しそうだ。

お姉ちゃんがハッとしたように顔を上げた。

「あ!ホテルも予約しなきゃ。アメリカのホテルでもインターネットで予約できるよね?」
「できると思うけど。でもどうしてホテル?ノエルさんの家に泊まればいいじゃない」

するとお姉ちゃんは赤い顔をして「何言ってるのよ!」と言った。

「ノエル君は柵木さんの家でお世話になってるの!」
「でも春休み中に、アパート借りるんでしょ?」
「そうだけど!ノ、ノエル君と同じ部屋に泊まるなんて、そんなこと・・・」

モゴモゴと口ごもるお姉ちゃん。
って、ちょっと待って。

「・・・お姉ちゃんって、まさかまだノエルさんと・・・」
「な、何よ!?」

何って。

えー・・・?
結婚するんでしょ?
そんなんで大丈夫???

私はお姉ちゃんの肩をポンっと叩いた。

「お姉ちゃん。性の不一致を理由に離婚する夫婦って結構多いのよ?
結婚前に確かめておいた方がいいんじゃない?」
「な、な、な」
「第一、どうして今までそうならなかったの?」

お姉ちゃんの顔の全ての穴からシュゴー!と蒸気が出た、
ように見えた。

「結婚前にそんなことするなんてフシダラよ!」
「・・・」
「そういうことは、ちゃんと結婚してから初夜を迎えて、」

頭痛がしてきた。
こりゃノエルさん、苦労するぞ。

蒸気を出し切ったのか、お姉ちゃんは少し落ち着いた声で言った。

「それに、そんな機会なかったのよ。ノエル君は勉強が忙しかったし、
私もバイトしてるし・・・それにノエル君は寮生活だから・・・」

そう言えばそうだ。

「そうこうしてるうちに結婚とノエル君の渡米が決まって、それどころじゃなかったの。
・・・結婚すればいくらでも時間はあるしね」

でも結局時間はない。
お姉ちゃんは日本に残るのだから。

だけど私がそう言うと、お姉ちゃんは首を振った。

「そんなの最初の何年かだけでしょ?ノエル君と私は結婚するんだから、
これから何十年もずっと一緒にいられるんだもの。焦る必要ないわ。
私達は私達らしく、私達のペースで歩いていくの」
「・・・」

私達のペース、かあ。

ノエルさんとお姉ちゃんのペースは世間的に見れば普通じゃないかもしれない。
でもそれがノエルさんとお姉ちゃんにとってはベストのペースなんだろう。

師匠と私のペースはどうだろうか。
どんなペースが私達には相応しいんだろう。

勢いも大事かもしれないけど・・・

師匠と私はまだ付き合って1ヶ月だ。
私達に相応しいペースもまだよくわからない。

お姉ちゃんが言うように、焦る必要はないのかもしれない。
だから師匠もそこまで無理強いはしないのだろう。


私達のペース探し。
そこから始めるのもいい。



だけどそう思った矢先。
私は思わぬ形で大人への一歩を踏み出すことになった。

 
 
 
  
 
 
 
 
 ↓ネット小説ランキングです。投票していただけると励みになります。 
 
banner 
 
 

inserted by FC2 system