第4部 第1話
 
 
 
『働かざるもの食うべからず』

最近のマイブームだ。



「武士は食わねど爪楊枝」
「武士は食わねど高楊枝、よ。聖は武士じゃないんだから、さっさと食べなさいよ」
「嫌だ」

聖は私が持ってきたコンビニ袋を、
中を見もせずにちゃぶ台の端へ押しやった。

「武士じゃないけど役者だ。コンビニ弁当なんて栄養バランス悪いモン食えるか。
しかもマユミが買ってきたなんて、嫌過ぎる」
「よく言うわよ。今まで散々女に貢がせまくってきたくせに」
「自分に金がある上で女から何か貰うのは『貢がせる』とは言わない。『プレゼントを貰う』だ。
でも、自分に金が無い時に女から何か貰うのは『貢がせる』どころか『めぐんでもらう』だ」
「・・・」

聖の理論はよく分からない。
お腹ペコペコの癖に。


聖はここに引っ越してきて以来、本当に親と絶縁したらしく一切の援助を受けていない。
だから家賃も食費も全て、自分で働いて捻出している。

でも、演劇の時間を削りたくないから、正社員にはなりたくないらしい。

そういう訳で昼間は幾つかのバイトを掛け持ちし、
夜は稽古場にこもる・・・という生活をもう半年近くも送っている。

私が聖と会うのは、いつも稽古が終わった後、
夜の10時過ぎだ。

じゃあ、学校が終わってからそれまでの間、
私は何をしてるかって?

それはもちろん・・・

「あっそー。食べないんだ。残念ね。
せっかく賞味期限ギリギリの物、タダで貰ってきたのに」

ちゃぶ台に背を向けている聖の耳がピクッと動く。
「タダ」という言葉に弱いのだ。

私はわざとガサゴソ、ドンドンと音を立ててちゃぶ台の上に袋の中の物を出した。

「ちゃーんと聖のこと考えてセレクトして来たんだけどなー。
ノンオイルドレッシングのサラダでしょ、豆腐でしょ、コシヒカリ100%のおにぎりでしょ・・・
後ね、店長さんが『マユミちゃんはいっつも頑張って働いてくれてるから』って、
2Lのペットボトルのお茶くれたんだよー?
聖が食べないなら、私が・・・」
「いただきます」

聖が身体を反転させ、素直に手を合わせた。


さすがに聖の生活にゆとりはなく、
月末はよく「電気代がヤバイから電気つけるな」とか言われる。
それでも食事には気を使っているので、
「武士は食わねど高楊枝」じゃないけど安くても身体に悪い物は食べない。

だったら、食事くらい私がなんとかしようと、
いい食材を使っているレストランに連れて行こうとしたんだけど、
そこはさっきの「めぐんでもらうのは嫌だ」理論で却下された。

そこで今度は、
「私も聖の部屋によく来るんだから、
家賃とか光熱費をちょっとは払うべきよね!」と、
聖を論破しようとした。

が。
「マユミが払うって、結局はマユミの親父の金だろ。いらねーよ」
とのこと。
どこまで頑固なんだ。
ならばこっちもとことん頑固に行こう。

で、考えたのが「なら、私が稼いだお金ならいいでしょ?」作戦。
これが私のコンビニバイトのきっかけだ。

だけど働くことに慣れていない私は、
最初のうちは「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と言うことすら、
上手くできなかった。

レジの間違いなんかはザラで、店長が苦肉の策で考えてくれた店内の掃除という仕事も、
バケツを蹴飛ばして店中水浸しにしたり、
棚にぶつかって商品をぶちまけたり、と、散々だった。

だけど半年の時を経て、最近ようやく半人前になりつつある。
それでも半人前かよ、と聖に笑われるけど、
取り合えず誰かが一緒ならお店を回せるようになったんだから、いいでしょう?

バイト代は月に5万円ほど。
そのうち3万円は聖に渡してる。
残り2万は私が好きに使ってるけど、
結局は聖に何かしてあげたくって、聖のために使ってしまう。
お陰でここ数ヶ月、自分自身に対する出費はゼロに等しい。

今までみたいにパパとママから好きなだけお小遣いを貰って、
好きなだけ使うこともできる。
でも、一度「働いてお金を貰う」ということを知ってしまうと、
親のお金ですら好き勝手使えなくなってしまうものなのだと、身をもって知った。
自分のバイト代だけでやり繰りしているお姉ちゃんの気持ちが良く分かる。

まさに「働かざるもの食うべからず」だ。


私は座ったまま両手を後ろについて身体を少し傾け、
廊下にある台所のコンロの上を見た。

あのヤカン。
もうボロボロだし、お湯が沸騰しても「ピー」って鳴らないから、
よく噴きこぼしちゃうんだよね。
今月のバイト代が出たら、買い換えよう。
どうせ「買い換えていい?」って聖に聞いたら、
「俺の金なら」とか「もったいないからダメ」とか言うから、勝手に買っちゃえ。

あ、でも、電気ポットの方が便利よね?
電気代がかかっちゃうかな?


「うわ!」

突然、畳についていた手をすくわれ、
私はドスンと背中から落下した。

「何するのよ!」
「はー。食った、食った、ご馳走様。じゃあ、いただきます」
「・・・」

聖の手が私の制服の中に潜り込んでくる。

「ほんと、凝った作りの制服だよな。
隠しボタンの服って脱がせにくい」
「じゃあ、脱がせなきゃいいじゃない」
「着たままやる?それも面白いな。女子高生モノのAVみたいで」

そーゆー意味で言ったんじゃない。

でも、いくら口で文句を言ったところで聖は聞かないし、
私も取り合えず言っとけ、と思って言ってる文句だ。
特に意味はない。

少し腰を浮かすと、
間髪入れず聖がスカートからブラウスを引き抜き、
脱がせにくいはずの隠しボタンをいとも簡単にプチプチと外していく。

顎を上げて、壁に掛けてある時計を真下から見る。
もう11時か。

「ちゃんと12時には終わるから」

私の胸の上で声がする。

「うん」


私は聖の背中に手を回した。
 
 
 
  
 
 
 
 
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