第4部 第2話
 
 
 
畳からかすかに振動を感じ、私は目を開いた。
手探りで携帯を探し、目覚まし代わりにしているバイブを止める。

午前12時15分。

私は隣で泥のように眠っている聖を起こさないようそっと立ち上がり、
服を着て押入れから掛け布団を出した。
9月と言えばまだ残暑が厳しいけど、夜は冷える。
風邪でも引いたら大変だ。

ざっと部屋を片付けてゴミを持ち、部屋の電気を消す。

午前12時26分。


部屋の鍵を開けると、カチリと思いのほか大きな音が響き、
いつもドキッとさせられる。
でも・・・振り返ると聖は微動だにせず眠り続けている。
これもいつものこと。

一日中、バイトや劇の稽古で動き回ってるんだもん、疲れるよね。
明日は朝の6時からバイトのはずだし。

頑張ってね。

私は部屋を出て扉を閉めると、
財布から鍵を取り出し扉に鍵を掛け、走り出した。




午前12時29分

「お客様、そちらは従業員専用の部屋ですので、
お入りになられては困ります」

嫌に丁寧な言葉に、
私はドアノブに伸ばした手を引っ込め、
口を尖らせて振り向いた。

「それに、先ほど店の入り口横のゴミ箱に、
家庭のゴミを捨てられましたね?そういうことをされては困ります」
「・・・ここのおにぎりの袋を捨てただけよ」
「家で食べて持ってこられたんでしょう?きちんと、家で捨ててください」
「・・・」

私がムスーっとしていると、
青い制服を着た店員がゲラゲラと笑い出した。

「冗談よ。ほら、さっさと行きなさいよ。お迎えの車が裏で待ってるんでしょ?」
「うん!ありがと、博子」!
「全く、毎日毎日よくやるわよね。今度、彼氏紹介してね」
「・・・うん」

彼氏、か。

「じゃあね、博子。おつかれ」
「おつかれー」

カラッとした笑顔の博子に手を振り、
コンビニの店内から従業員専用の部屋に入って、
更にそこから従業員専用の出入り口を使って再び外に出る、
と、目の前に黒いセダンが止まっていた。

午前12時30分。
ピッタリだ。

運転手が降りてきて、後部座席の扉を開いてくれる。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ありがとう。毎日遅くにごめんね」
「いえ。これが仕事ですので」

私は後部座席のシートに身を沈めると、
隠れてホッと息をついた。

よかった。間に合った。
今日はギリギリだったなあ・・・。

車は静かに走り出した。



このコンビニバイトのいいところ。
一つは、場所が聖のアパートの真横だということ。
もう一つは、賞味期限が近いものや切れたものをタダで貰えるということ。

そして・・・コンビニは24時間開いている。
つまり、24時間、いつでもバイトできるということだ。
これが他の店とかだと、閉店は午後9時ごろ。
そうなると、バイトはどんなに遅くても午後10時には終わってしまう。
これじゃあ「アリバイ」を作れない。

そう。私は、本当はバイトは午後9時までなのにも関わらず、
「12時までしている」と親に嘘をついているのだ。
もちろん、毎日聖に会うために。

でもさすがに、午前12時までバイトするという私にパパとママは反対した。
「バイトするのはいいけど、どうしてそんなに遅い時間まで働く必要があるのか」と。
そりゃそうよね。
でも私はなんだかんだ理由をつけて、
「帰りは家の車で帰ってくる」という条件付きでOKを貰った。

そういう訳で、こうして12時半にコンビニの裏口にうちの車がやってくる。
お金の面を考えると、バイトやってる意味がなさそうだけど、
そこは目を瞑ってもらおう(誰に?)。

私は、9時にバイトを終えると一旦コンビニを出て12時過ぎまで聖の家で過ごし、
12時半までにまたコンビニに戻って、
裏口から「今バイト終わりました」という顔をして出てくるのだ。

親に嘘をついてこんなことをしていることに、罪悪感はある。
でも、聖と一緒にいたいという気持ちの前ではそんなもの、
一吹きで沖縄辺りまで飛んでいってしまう。



車がコンビニの周りをまわって、表通りに出た。

コンビニの前を通り過ぎる時、コンビニの中をチラッと見ると、
博子が車に向かって手を振っているのが見えた。
私も振り返そうとしたけど、そうする間もなく車はコンビニの前から走り去った。

博子は、バイト中でない私が従業員専用の出入り口を使うことに目を瞑ってくれている。
私がこのコンビニバイトを利用して聖と会うことができるのも、博子のお陰だ。

博子は私と同い歳だけど、高校には通っていない。
だから好きな時間にバイトをできるんだけど、
時給がいいから、というのと、私に協力するため、ということで、
最近はいつも深夜のこの時間帯にバイトを入れてくれている。

ただ、博子の家は貧乏という訳ではなさそうだ。
家の話を詳しく聞いたことはないけど、身なりや持ち物からして、
博子は結構いいところのお嬢様らしい。
それでいて、高校には通わずコンビニでバイト。
なんとなく謎めいてて、でもそんなところが魅力的で、
今ではすっかり仲良しだ。

それにバイト暦は私より3ヶ月ほど長いだけなのに、
もう何年もやってるんじゃないかというような仕事っぷり。
頼りになる。

学校では私は相変わらず有紗たちと仲が良いけど、
バイトを始めて思った。
有紗たちは本当に「お嬢様」だ。
お金がどうやって自分の元に入ってきているのかをまるで知らない。
もしお金が無くなったら、なんてこと、考えてもいない。

欲しい物はいつでも何でも手に入ると思っている。

そしてそれは私も同じだった。
だけど今は違う。
私は、少しだけどお金の大切さが分かってきた。

だから、学校の友達の有紗たちよりも、
バイト仲間の博子との方が話が合うし、話していて楽しい。
ずっとバイトを続けているお姉ちゃんのことも、純粋に尊敬できる。

前はお金も時間も有り余るほどあって、もっと楽だった。
何も考えなくても、毎日がそれなりに楽しかった。
それに引き換え、自主的とは言え、
今はお金もない、時間もない。

でも・・・聖がいる。
それが全てだ。
  
 
 
 
 
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