第4部 第12話
 
 
 
うっすらと瞼の向こうから光がさす。
でも瞼を持ち上げるのが酷く億劫で、私は目を閉じたままだった。
そして意識がすーっと遠のき、
しばらくするとまた光を感じる。

それを2、3度・・・もしかしたらもっと・・・繰り返し、
私はようやく指先に何か温かいものを感じ取った。

記憶にある感触だけど、何か分からない。
それが何か探るために指を少しだけ動かしてみる。

すると、その温かいものがギュッと私の指を、掌全体を強く握った。

その瞬間、私の身体の神経が蘇った。

「・・・聖?」
「マユミ!大丈夫か!?」

聖が両手で私の右手を握り締めた。

「ここ、どこ?」
「病院だ」

私はゆっくりと起き上がった。
が、突然激しい痛みが胸を襲い・・・なんてこともなく、
意外とあっさり起き上がれた。
別にどこも痛くない。

ただ、妙に視界が狭いというか、
距離感がおかしい。
聖の顔は遠くに見えるのに、手はすぐ近くにあったり、
窓の枠がゆがんで見えたり。

どうなってるんだろう。
そもそも、どうして私は病院なんかにいるんだろう。

私がぼんやりしていると、
聖が心配そうに私を覗き込んだ。

「そっか。覚えてないんだな。お前、コンビニで鈴木博子にザルを顔面にぶつけられたんだよ」
「ザル?」
「油をかき混ぜてたザル」

頭の中に、煮えたぎるフライヤーが浮かんだ、
と同時に背筋がゾッとする。

私、あんなもの投げつけられたの!?
よく、無事で・・・

無事?
それならどうして病院にいるの?

私は恐る恐る顔に左手をやった。
顔の左半分に包帯が巻かれているのが分かる。

「・・・」
「マユミ・・・」
「・・・聖。私の顔、潰れてない?」

精一杯虚勢を張り、冗談めかして言ってみると、
聖は「うん、うん」と何度も頷いた。

「大丈夫だ。なんともない。なんとも」
「・・・」

やっぱり聖は、演技が下手らしい。
それとも、私に嘘をつくのが下手なのかな?
昔はあんなに完璧に私を騙してたのに。

「ふふふ。聖の腕も落ちたもんね」
「え?」
「ううん。なんでもない」

聖がため息をついて、両手で包んでいた私の右手を、
自分の額に当てた。

「マユミの家には連絡しておいたから」
「うん。ありがと」
「・・・ごめんな。あんなことして」
「・・・」

聖がこんな真面目に私に謝るなんて、変なの。
いつも私がどんなに怒っても「あー、悪い」とか言って軽く流すくせに。

でも。

「あんなこと、って何?」
「だから、マユミを騙して、寺脇建設を・・・」
「違うでしょ」

聖が額から私の手を外し、
少し色素の薄い瞳で私を見る。
私が何を言いたいのか分かってるみたいだ。

だけど、それでも言わせて。
聖のためにも、
私のためにも。

「あのことがなければ、私は聖と出会わなかったわ。
だから謝ってほしくない。むしろ聖らしく『感謝しろよ』とか言ってよ」
「マユミ・・・」
「聖が謝るべきなのは、勝手に博子と話をして、勝手に私と別れるって決めたことよ。
もし私が気付かなかったら、私、訳も分からないまま聖と別れなきゃいけないところだったじゃない。
博子に悪いことをしたのは私も同じ。だったら、一緒に責任取らせてよ」

聖がフッと笑う。
さっき、聖の家の玄関でみたような笑顔だ。

「やっぱりマユミには、」
「敵わない?当然でしょ」

聖の腕が私の肩を抱き寄せ、
2人の顔が近づく。

でも、病室の外の廊下から聞こえてきた足音で、
聖と私はパッと身を離した。

病室の扉がガラッと開く。

「マユミ!!!」
「パパ、ママ。お姉ちゃんも」
「マユミ〜!大丈夫!?」

ママとお姉ちゃんが半泣きになりながら私が座っているベッドに駆け寄ってきた。
2人が余りに勢い良く抱きついてきたので、私は危うくひっくり返るところだった。

でも、2人の腕の間から、私はパパを見ていた。

聖の方を驚いたように見つめているパパを。

「お前は・・・伴野建設の・・・」

見る見るうちにパパが青ざめていく。
こんなパパ、珍しい。

怯えてるんじゃない。
怒ってるんだ。

私は慌ててママとお姉ちゃんの腕を振りほどくと、
パパに向かって「パパ、話を聞いて!」と叫んだ。

でも、遅かった。

「マユミに何をした!!」

言葉が先だったか、拳が先だったか。
とにかくその両方がほぼ同時に聖に投げつけられた。

聖は足を踏ん張って堪え、手で口元の血を拭いながらパパを見る。

「またお前か・・・!お前がマユミに怪我をさせたんだな!?」
「パパ!違うの!」
「何が違う!!」

パパは頭に血が上っているのか、私の話なんてろくに聞かず、
聖の胸倉を掴んだ。

聖は何も言わず、されるがままだ。

「お前がやったんだな!?」
「・・・はい。俺のせいです」

パパが突き飛ばすようにして聖を離す。
聖はよろけたけど、すぐ後ろに壁があったので何とか倒れずにすんだ。

「マユミ。こんな奴と関わるから怪我なんかするんだ。
お前だってこいつがどういう奴か知ってるだろ?
もう二度と関わるんじゃない、分かったな?」
「パパ!」

パパはいつもは優しい。
でもその反面、一度こうと決めたら譲らない頑固さも持っている。

パパは私を無視して聖の方を向いた。

「伴野聖、と言ったか。もう我々の前に現れるな。
マユミと会うことは絶対に許さん。絶対にだ。分かるな?」

少し落ち着きを取り戻したのか、パパの声の勢いがおさまってきた。
でもそれが返って、パパの言葉そのものの厳しさを
あらわにしている。

パパの「絶対」は絶対だ。
逆らえばパパは容赦しないだろう。

きっと徹底的に聖のことを調べ上げ、
徹底的に聖を潰しにかかる。
必要があれば、劇団にも手を伸ばしかねない。

聖もそれを分かっているのか、
睨むようにジッとパパを見ている。

パパは聖に背を向け私の方を見た。
でもその目は私を見ていない。
私の顔の包帯を・・・それを透かして、その下の怪我を見ているように思えた。

「さっき医者と話した。マユミの顔には傷が残るそうだ。
・・・お前のせいだぞ」

今度は聖が青くなる番だ。

私は、そんな聖を見ているほうが辛くて、
自分の顔に傷が残るなんてことは気にもならなかった。

「傷が残る?本当ですか?」
「お前には関係ない。だが、少しでも申し訳ないと思うなら、さっさと出て行け。
そして二度と来るな」
「・・・」

聖が無言で私を見る。
どことなく力を無くしたその目は、私に何かを語りかけていたけど、
何を伝えようとしているのかは分からなかった。

ううん、分かりたくなかった。


聖はゆっくり瞳を閉じて私から目を逸らすと、
何も言わないまま病室から出て行った。
 
 
 
  
 
 
 
 
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