第8話 家庭訪問!
 
 
 
3学期が始まった。

生徒達の、自分の進路に対する考え方、
本城君の、家を継ぎたくないという決心、
和田君の、将来のために合コンすらビジネスだというスタンス、
そういう物に触れ、
私の中で何かが少しだけ変わった。

この子達は、恵まれた環境で何不自由なくのほほんと暮らしているだけじゃない。
彼らなりに将来を考え、必死にもがいているのだ。

そう思うと、私も自然と今まで以上に授業に気合が入る。
生徒達が聞いてるとか聞いてないとかは関係ない。
生徒が頑張ってるのに、教師の私が頑張らなくてどうする。


とはいえ、受験も就活もない3年生の間では既に卒業ムードが漂い始めている。
それに3年生の3学期は1月しかないから、あっという間に終わる。

早くも春休みの旅行の予定を立てる生徒、
さすがに医学部入学に向けて勉強する生徒、
大学用の服をファッション雑誌で探す生徒、

それに・・・


職員室でコーヒーを飲んでる生徒。


「何してるの、本城君」
「進路のこと相談しに来いっつったのは、先生だろ」
「そうじゃなくて。勝手に私のコーヒー飲まないで」
「これ先生の?どーりでインスタントだと思った」
「・・・」

私は本城君の手から紙コップを引ったくり、一気に飲んで・・・
むせ返った。

「どうしてブラックにゃにょよ!?」

あ、噛んだ。

本城君が噴出す。

「あはは!にゃにょよ、ってなんだよ」
「私は砂糖とミルクを入れるの!」

自販機の砂糖・ミルク入りコーヒーが好きじゃない私は、
ブラックコーヒーを持参し、飲む時に砂糖とミルクを入れることにしてるのだ。
ちにみに、砂糖とミルクは机に常備している!

「なんつー面倒なことしてんだよ。学食でコーヒー入れてもらえばいいだろ。
ちゃんと豆から挽いてくれるし、砂糖もミルクも言えば入れてくれるし」
「学食のコーヒーって!一杯800円もするでしょ!」
「外で飲んだら2千円はするだろ」
「どこでコーヒー飲んでるのよ!」

これだから、堀西の生徒は!!!

「と、とにかく!学部は決めたの!?」
「決めた」
「え?そ、そう」

私は拍子抜けした。
今日こそ腹を割って(?)話そうと思ってたのに。

でも良いことだ。

「どこに行くの?」
「国際情報学部」
「・・・全然決めてないじゃない」
「だから国際情報学部に行きたいんだって」
「ご両親には話したの?」
「もちろん」
「反対されなかったの?」
「家から叩き出された。お陰で今日は宏の家から登校してきた」
「・・・・・・」
「推薦状よろしく。これ、賄賂」

そう言って本城君は私の手の中に小さな紙袋を落とすと、職員室から出て行ってしまった。





私、後1ヶ月くらいで退職するのよ。
今更厄介事なんてごめんよ。

・・・でも、やっぱり放っておけない。

私はその日の放課後、本城君の家に出向いた。


今日も家に帰らないつもりなのか、
本城君は和田君と一緒に和田家の送迎車に乗り込んで帰って行った。
和田君の家なんて、何日いても全然迷惑じゃないだろうけど、
本城君はまだ高校生だ。
やっぱり親とちゃんと和解すべきだ。


白い大きな家に気後れしながらも、私はインターホンを押した。
本城君の担任であることを告げると、門が自動で開かれ、私は中に足を踏み入れた。
そにこは、家の割にはこじんまりした、でも綺麗に手入れされたお庭が広がっていて、
木製のテラスや小さな池もあり、まるでガーデニングの雑誌に出てくるお庭みたいだった。

「いらっしゃいませ」
「こ、こんにちは。はじめまして。真弥君の担任をさせて頂いております、かみ・・・」


ドタドタドタ!


広い玄関ホールで、本城君のお母さんにしてはちょっと歳がいってるかな、という印象の女性に、
硬くなりながら自己紹介しようとした時、目の前のらせん状の階段から誰かが凄い勢いで降りてきた。

「し、真弥の担任の先生ですか!?」
「は、はい」
「真弥は!真弥はどこにいますか!?」
「ええっと・・・」

私は、階段から転げ落ちそうになりながら降りてきたその女性を眺めた。
よほど慌てていたのか、顔が引きつっている。
でも、普段から神経質という訳ではなく、今は本城君を心配する余り、こうなってるだけなようだ。

実際、その女性は、髪も服もフワフワとしており、全体的に優しくて柔らかい感じ。
普段はもっとおっとりしてるんだろう。
さっきのお庭はこの人の趣味のようだ。

なるほど、この人が本城君のお母さんか。
そう思って見ると、確かにどことなく似ている。
してみると、最初の歳がいった方の女性は・・・お手伝いさんか。
そんなのが家にいるのか。
すごいな。

「真弥君のお母様ですね?私、担任の神谷と申します」
「ほ、本城です。あの、真弥は・・・」
「真弥君は、今、友人の和田君のお家にいます」
「そ、そうですか・・・よかった・・・」

よほど心配していたのか、お母さんはへなへなとその場にしゃがみこんでしまった。
でもそこはさすがに良家の奥様。
すぐに気を取り直し、シャキッと立ち上がった、
つもりだろうが、ちょっとふらついた。
なんだか、かわいい人だ。

「失礼いたしました。昨日から帰らないので、心配しておりまして」
「はい、本人から伺いました」

このお母さんが本城君を家から叩き出すとは思えない。
という事は、やはり・・・

「あの、ご主人様はいらっしゃいますか?」
「主人は今、事務所の方におります」
「あ・・・そうですよね」

まだ6時だ。
そりゃ帰ってきてないだろう。
しまったな。

「あの、真弥君のことでお話があるのですが・・・また日を改めましょうか?」
「いえ!事務所の方へご案内いたします!」

お母さんはお手伝いさんに、「すぐに車の準備を!」と言った。
本城君に今すぐにでも帰ってきて欲しいようだ。



私はお手伝いさんが運転する車で、お母さんと一緒に事務所へ向かうことになった。
その道すがら、軽く情報収集を試みる。

「真弥君はお父様と喧嘩したんでしょうか?」
「はい・・・お手数をおかけして申し訳ありません」

本城君の安否がわかり、安心したのかお母さんもだいぶ落ち着いたようだ。
改まって私に頭を下げる。

「いえ。それは結構なんですが。あの、喧嘩の原因は?」

一応聞いてみる。

「真弥が突然『法学部には行かない』とか言い出したので、主人が怒りまして・・・
主人も真弥には期待していましたので」
「真弥君は、お家を継ぐ気はないんでしょうか?」
「昨日は、はっきりそう言っていました」
「あの・・・お父様は随分とお怒りなんでしょうか?」
「はい。かなり」

・・・。
さあ、どうしてくれよう。



  
 
 
 
 
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